今こそスポーツのチカラを!早川史哉選手に支援を!

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今こそスポーツのチカラを!早川史哉選手に支援を!

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2016年6月13日、一人のJリーガーが急性白血病という大きな病にかかっていることが所属クラブを通じて発表されました。アルビレックス新潟DF早川史哉選手、22歳。彼を支えようと、今も支援の輪が広がり続けています。

アルビレックスのアカデミーで育った生粋の“アルビっ子”。過去には世界大会ベスト8の経験も

新潟県出身の早川選手。中学生でジュニアユースに所属して以来、アルビレックス一筋で歩んできました。同ユースに所属していた2011年の高校3年時には2種登録(ユースに籍を置きながらプロの試合にも出場できる)され、トップチームの練習に参加。同年、メキシコで行われたFIFA U-17World Cupでは日本代表の一員として5試合に出場し3得点。日本をベスト8に導く活躍で、日本中のサッカーファンにその名を知らしめました。

FIFA U-17World Cupブラジル戦でゴールを決めた早川選手

多くの人が、高校卒業後の進路はトップチーム昇格、プロ入りで間違いないだろうと予想していた中「将来的には、教職に就きたい」という夢のために筑波大学進学を選択。新潟を離れ、大学のある茨城県に生活拠点を移したものの、クラブとの縁は続きます。

1年生の時から特別指定選手(学校やユースなどアマチュアチームに籍を置きながらプロの試合にも出場できる)として登録され、筑波大学蹴球部の活動の合間を縫ってアルビレックス新潟の選手として4年間で5試合に出場しました。蹴球部では、ポジションのコンバートや二部降格、最終学年時にはキャプテンとして一部昇格達成などさまざまな経験を積み、大きく成長。今春晴れて大学を卒業し、生まれ育った新潟にプロサッカー選手として戻ってきたのです。

プロ一年目、迎えた2月28日のJリーグ開幕戦、湘南ベルマーレ戦でさっそくスターティングメンバーに名を連ね勝利に貢献すると、3月23日ベガルタ仙台戦まで4試合連続フル出場。病気が発覚したのは、それから僅か1ヶ月後のことでした。

早川選手が患った急性白血病は未だはっきりとした原因が究明されていません。その名の通りそれまで至って健康だった人でも突然発症するもので、治療を行わなければ数日から数週間で命を落とすこともあるといいます。

発表からすぐ、多くの選手、関係者がTwitterなどのSNSを通して早川選手へのメッセージを送っています。アルビレックス新潟のチームメイト、5年前共に世界大会を戦った仲間たち、筑波大学蹴球部の同窓生など、さまざまなところから応援の声が上がりました。

2011年FIFA U-17World Cupをともに戦った当時の仲間もTwitterなどで早川選手に宛てたメッセージを発信している。下段右から3番目が早川選手

チーム、競技を越えて広がる支援の輪

発表直後から多く寄せられた「早川選手が病気に打ち勝つための支援をしたい」といった声に応えるべく、クラブは【アルビレックス新潟 早川史哉選手支援基金】を立ち上げました。
発表から直近の試合では、対戦相手であるFC東京のホーム、味の素スタジアムやアルビレックスの試合に限らず全国各地のスタジアムで募金活動が行われるなど、応援するクラブの垣根を越えて支援の輪は広がり続けています。
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同じJリーグのチーム、湘南ベルマーレではサテライトリーグ時に選手、クラブスタッフが来場者の元を回り、募金を呼びかけた

2010年、当時大宮アルディージャの主力として活躍していた塚本泰史さんは、プロサッカー選手として充実の日々を送っていたさなかに骨肉腫が判明しました。あれから6年。手術、治療を経て、現在はアルディージャのクラブスタッフとして働きながらリハビリに励み、再びピッチに立つことを目指しています。塚本さんは、自身の経験から、早川選手の力になりたいと、アルディージャを通して募金活動を実施。集まった資金は同支援基金に寄付するとのことです。

大病と闘い、復帰している“先輩たち”は他にもたくさんいます。2013年には同じくJリーグ、ヴィッセル神戸の北本久仁衛選手が肋骨に悪性腫瘍が見つかり除去手術を行いました。その後、半年で実践復帰し2016年の今年も公式試合への出場を続けています。

フットサル・Fリーグのデウソン神戸所属、鈴村拓也選手は2012年に上咽頭がんとの診断を受け、抗がん剤と放射線による治療を行いました。翌年復帰し、37歳となって迎えた16-17シーズンの開幕戦(2016年6月11日vsペスカドーラ町田)ではマンオブザマッチにも選ばれる活躍を見せています。

湘南ベルマーレフットサルクラブの久光重貴選手は現在も肺がんの治療を行いながら選手としてピッチに立っていますし、世界に目を向ければオランダ人サッカー選手、アリエン・ロッベン選手は13年前、20歳のときに睾丸がんを患い手術。その後世界トップレベルのプレイヤーとなり、これまでに3度もワールドカップ出場を果たしています。

早川選手を待つ私たちに、できること。

大きな病から再びピッチに戻ってきた選手たちが共通して口にしている言葉があります。それは「闘病中、多くの方の応援に支えられた」ということ。クラブスタッフの方によると、寄せられた応援メッセージを自身の手に取って読むことは早川選手の大きな力になっているとのことです。

メッセージの送付方法ですが、試合会場でサポーター有志が集めているほか、クラブに届いた手紙、折り鶴、メールなどは、スタッフの方がとりまとめて本人に手渡していただけます。

また、アルビレックス新潟は早川史哉選手支援基金を立ち上げました。集まった支援金は、治療費や再びピッチに戻るための費用に充てられます。アルビレックスをはじめとしたJリーグの試合会場で募金活動が行われているほか、銀行振込による募金も受け付けています。


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