北海道140年のプロアマ「野球史」を一挙に紹介! 貴重な資料が多数展示される特別展が「北海道博物館」で開催!

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北海道140年のプロアマ「野球史」を一挙に紹介! 貴重な資料が多数展示される特別展が「北海道博物館」で開催!

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北海道140年あまりの野球史を紹介する特別展「-北海道と野球をめぐる物語- プレイボール!」が北海道博物館(札幌市厚別区)で始まりました。プロアマ550点もの貴重な史料が展示されるのは北海道では初となります。

明治から時代毎・7つのブロックに分かれたスペースに多数展示されています。

主な内容としては、初期の野球道具、野球にまつわるその時代の新聞や広告物、高校野球のメダルや優勝旗・サインボール・集合写真、少年野球や大学野球の写真類、社会人野球のトロフィー・ユニフォーム・マスコット人形、プロ野球「北海道日本ハムファイターズ」の関連グッズ、市井の暮らしの中に宿る野球にまつわる品々…といった、まさに北海道野球の歴史が全て分かる展示になっていました。

ちなみに、取材当日には「来館者1万人達成」に遭遇。野球盤などの記念品の贈呈式も行なわれてました。

そんな多くの来館者で賑わう中、ライターが気になった北海道好きで野球好きなら必見の展示物を厳選ピックアップしてご紹介します。お楽しみに!

「北海道野球の始まり」となった貴重な資料
~ペンハローのバット&ボール製作依頼文書~

1876(明治9)年、現在の北海道大学である札幌農学校が開校。この学校で学生たちにベースボールを教えたのが、米国人教師であるデビッド・P・ペンハローでした。
1877(明治10)年に、彼の指示でバットとボールを製作させた時の貴重な文書が残っており、それが今回展示されています。札幌農学校では、この申し立てを受け製作。それが「革鞠」(ボール)と「鞠受棒」(バット)でした。日本語の名前も苦心が伺われ、ユニークですね。

いわば、この文書こそが「北海道野球の始まり」と言える必読の資料です。
札幌農学校、バットとボールの製作を依頼 (諸課文移録 甲部 明治十年一月ヨリ) (取栽録 甲部 明治同)

戦争があった時代の「高校野球」球児の哀しき資料
~特攻隊員として散った元投手の「遺書」~

1900年代から、北海道の高校では、大きな町を中心に続々と野球部が作られ、盛り上がっていました。応援合戦の過熱でトラブルとなり、公立学校間の試合が禁止になるほどだったというから、その盛り上がりが分かるというもの。

また、これが理由で「甲子園」への北海道代表の出場は第六回目からだったのは、あまり知られていません。

同時に、この時代の背景には「戦争」という重い影も。
今回の展示の中にも、そんな戦時中にまつわる高校球児の貴重な遺品がありました。それが名門・北海高校で期待されていた大型剛腕投手・坪谷幸一さんの遺書です。特攻隊員としての出撃を控えていた最中に事故で亡くなった彼の、恩師への貴重な手紙が展示されています。将来を嘱望されていた球児の哀しみが伝わってくるようでした。

北海中学の元投手で特攻隊員として戦死した坪谷幸一が恩師 飛沢栄三へ送った「遺書」1945(昭和20)年

1960~80年代、「社会人野球」の黄金時代が到来。その頃の応援マスコットキャラに注目~「たくちゃん」~

北海道函館にある「函館太洋(オーシャン)倶楽部」は現存する最古のクラブチームで、結成は明治40年でした。それ以来、北海道は次々と社会人(企業)チームが誕生。60~80年代には強豪チームがひしめく「社会人野球黄金時代」を迎えたのです。

そんな社会人野球のもう一つの「顏」が応援合戦。チアリーディングやマスコットキャラが試合を盛り上げ鼓舞してきました。

中でも社会人野球日本選手権大会で優勝し、北海道のチームをけん引した立役者の1つと言える「北海道拓殖銀行(たくぎん)」のマスコットキャラ「たくちゃん」は人気でした。
この展示会にも貴重な「たくちゃん」の着ぐるみ、応援旗が陳列してあり必見です。
北海道拓殖銀行マスコット「たくちゃん」着ぐるみ(頭部)「たくちゃん」が描かれた北海道拓殖銀行応援団の応援旗

1936年、ついに日本「プロ野球」が誕生。大活躍した道内出身選手の貴重な展示物~シーズンMVPペナント~

プロ野球の世界でも北海道出身選手が多数生まれました。展示例を挙げると「ミスタースワローズ」若松勉選手、阪急(オリックス)佐藤義則投手、星野伸之投手などのゆかりのグッズを見ることができます。

このコーナーでの目玉は昭和9年日米野球に出場、通算300勝を記録した旧制旭川中学出身のスタルヒン投手。現在もプロ野球試合などに使用されている、選手自身の名を冠した(日本初)「旭川スタルヒン球場」があるほど地元で愛された選手です。今回の展示では愛用のグラブなどと共に、昭和14年シーズンMVPに輝いた時の「ペナント」があり、その栄光の象徴として必見です。
シーズンMVPを受賞した時のペナント 1939(昭和14)年

140年の北海道での野球ヒストリー。それは日常の中にも「くらしの中の野球」として深く根付く貴重なボードゲーム~野球盤~

時代時代で私たちの日常には野球にまつわる遊びグッズが多く見受けられてきました。明治時代には双六、昭和初期には野球選手のメンコ、今でも人気の野球カード、などなど。

そんな中、昭和の男子にとっての一番人気は何と言っても「野球盤」ではないでしょうか。
今回の展示では何と昭和8年の貴重な「カートライト式」テーブル野球盤が見られます。この野球盤は、コリントゲームのように傾斜を利用して遊ぶタイプで、野球のルールを確立したと言われるカートライト氏の名がついています。そのため、ゲーム内でも公式ルールに則っているのです。

当時の価格は7円! 私も初めて実物を見ましたが、現在の野球盤より大盤縦長で色も地味ですが、球を穴に落とす仕組みで、基本的な遊び方はどの時代のものも共通していて変わらないのが分かります。
カートライト式テーブル野球盤 1933(昭和8)年

その他にも野球にまつわる、たくさんの貴重で興味深いものがありました。
いくつかピックアップして紹介します。
ファミコン初期の野球ゲーム
初期の野球道具 (明治・大正時代) 
ファンが集めた各球団の応援グッズなど
北海道日本ハムファイターズの歴代優勝関連グッズなど
(時計回りに)

栗山英樹監督のメッセージビデオ閲覧コーナー
高校野球黄金期のユニフォームや資料
北海道出身のプロ野球選手のグッズ(主にオールスターゲーム出場選手)1
北海道出身のプロ野球選手のグッズ(主にオールスターゲーム出場選手)2
(時計回りに)

最後に学芸主幹・三浦泰之氏にこれから来館される方へメッセージを頂きました。

野球は道民の暮らしと深く結びついてきた分、北海道における野球の歩みにはその時々の社会や文化が色濃く反映されています。野球を通じて、北海道の歴史や文化に親しんでもらえたらと思います。
子供時代に熱中した草野球、大人になっても熱中する草野球、円山球場におけるジャイアンツ戦への熱狂、北海道移転後のファイターズへの応援、2004年の駒大苫小牧高校の夏の甲子園北海道勢初優勝の感動、野球への想いや野球の楽しみ方は世代によって異なります。その一方で、世代を超えた感動の共有もあります。
ぜひ、ご家族やご友人どうしで会場に足をお運びいただいて、野球をめぐる会話に花を咲かせてほしいと思います。

140年の歴史を展示しているだけに、全てはご紹介できないほどですので、是非この機会に実際に足を運んでみてはいかがでしょうか。

以上、「プレイボール! -北海道と野球をめぐる物語-」のリポートをお送りしました。

取材協力:北海道博物館 学芸主幹 三浦泰之氏
出典・引用・参考資料:「プレイボール! -北海道と野球をめぐる物語-」ガイドブック


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