フィギュアスケート羽生結弦×ピアニスト松田華音 それぞれの表現のかたち フィギュアスケート羽生結弦×ピアニスト松田華音 それぞれの表現のかたち:前編

フィギュアスケート羽生結弦×ピアニスト松田華音 それぞれの表現のかたち:前編 SUPPORT

フィギュアスケート羽生結弦×ピアニスト松田華音 それぞれの表現のかたち フィギュアスケート羽生結弦×ピアニスト松田華音 それぞれの表現のかたち:前編

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首都圏某所、柔らかな光が降り注ぐイベントホールに、美しく力強い旋律が響いた。ショパン『バラード第1番』。演奏者は松田華音さん。6歳からモスクワに渡り、2014年から日本人初のロシア政府特別奨学生としてモスクワ音楽院で学ぶ、今最も注目される若手ピアニストだ。
松田さんの斜め後方では、スラリと手足の伸びた青年が目を閉じ、時には体でリズムをとりながら演奏に聴き入っている。この曲を2017-18シーズンのショートプログラムで演じる、フィギュアスケートの羽生結弦選手である。

立ち会った関係者全員が息を飲む、圧倒的な演奏。終了後、松田さんが立ち上がり、羽生選手に向かって一礼すると、羽生選手は一旦カメラを止めるよう願い出た。 「すいません、汗かいちゃったので。今、頭の中でずっと(ショートプログラムの演目を)やってたんですよ。ああー緊張した」

ハンカチで首筋をぬぐい、ドリンクを口にして一息つくと、羽生選手は再び松田さんの元へと戻って行った。 芸術とスポーツ、二人の若き才能が「表現」について語り始めた。

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2人にとって、ショパン『バラード第1番』とは?

羽生 素晴らしい演奏でした。こういうピアノで滑ってみたいなって思えるような。

松田 ありがとうございます。

羽生 このショパンの『バラード第1番』にはどんな思い入れがありますか?

松田 私の出身地である香川県で開催されたリサイタルで演奏しました。その後にデビューCD(『松田華音デビュー・リサイタル』)に収録されることが決まったので、思い出の曲です。

羽生 実はそのCDを、昨日ずーっと聴かせていただいていたんです。

松田 そうなんですか! ありがとうございます。

羽生 松田さんは楽曲を物語のように解釈しているとお聞きしましたが、この曲にはどんな物語がありますか?

松田 毎回違った物語を考えるようにしているんですけれど、今回はゴールズワージーの小説『フォーサイト家物語』に出てくるソームズとイレン(アイリーン)の関係、ソームズがイレンを想う気持ちを音楽にしてみようかなって考えてみたんです。

羽生 すごいなあ、本をよく読まれるんですね。

松田 はい、好きなんです。

羽生 僕にとってこの『バラード第1番』は、もちろん曲についても思い入れは強くあるんですけれど、なんて言うんだろうな、割と自分でいられる。自分自身が曲と同化できるように思います。

松田 なるほど。

羽生 自分の中で「これを伝えたい」「あれを伝えたい」って演技する前から持っているわけじゃなくて、やってる最中に何かが出来上がっている。

松田 素晴らしい。

羽生 松田さんの演奏している姿を見て思ったのは、力の入れ方とか息の抜き方とか呼吸とかをすごい大事にしているなあって。スケートを滑っている感覚と似ているのかなって思いました。ですから演奏を聴いて、こういうものを作らなくちゃいけないんだなあと、学ばせていただきました。

松田 すごく嬉しいです。ありがとうございます。私はモスクワの自宅のテレビでソチオリンピックをずっと見ていました。フィギュアスケートは他のスポーツと違って、音楽を聴いて感じたものをさらに体で表現する芸術的な競技ですよね。羽生選手のスケートからは情熱というか、エネルギーがすごく伝わってきます。

演奏・演技を通して観客に伝えたいこと

羽生 先ほど「毎回違った物語を考える」とおっしゃいましたが、それは同じ曲でも演奏のたびに違うということ?

松田 ええ。同じことを考えようと思っても、なかなかできないですから。雨が降っていたら「あ、雨がいいな」ってちょっと悲しい気持ちで弾いてみたり、または希望を感じる気持ちで弾いてみたり。

羽生 ステージに入る前から物語を決めているんですか?

松田 はい。全体は決めています。ただ、よりキャラクターをはっきり出したい場所だけは、ステージに上がる直前まで頭の中でグルグルグルグルと考えていることもありますね。

羽生 でもピアノのクラシックって結構キャラが決まってないことが多いじゃないですか。その日の天気とか会場の雰囲気とか(の影響が)すごくありますよね。

松田 うんうん、そうなんです。

羽生 そういう人間性みたいなもの、今まで経験してきたこととか、今の自分の思いの背景とか、そういうものを松田さんは表現されているんだなあって思いました。

松田 フィギュアスケートはどうなんですか?

羽生 音を出している感覚に近いのかなって思います。もちろん曲はできているから、無から自分で作り出すものじゃないですけど、でも僕は「この人、曲に合わせて滑ってるのとは違うんだ」ということを感じてもらいたいなと思っているんです。

松田 ええ、ええ。自分自身で意味を、一歩一歩に意味を入れるっていう感じですか?

羽生 入れるというより、なんか「入ってる」感じ。聴いている人も見ている人も、そして滑っている自分も、結局みんな違う過去、違う経験があると思うんです。例えば悲しい曲でも、自分自身の近くに悲しいことがあったらすごい悲しくなるし、直前に楽しいことがあってウキウキした状態だったら感じ方が違うと思うし、悲しみの後にやってくる希望のようなものが見えたりすることもあるかもしれないし。僕はそういうのをすごく大事にしたいなって思っていて。だから自分の伝えたいことはたくさんあるけれど、見ている方それぞれに「何か」が伝わっていればいいなあ、って思っています。

松田 その感覚、素晴らしいと思います。

後編に続く



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