日本チャンプ、実業家、家庭。現代を生きる異色のキックボクサー、今野顕彰

日本チャンプ、実業家、家庭。現代を生きる異色のキックボクサー、今野顕彰 WATCH

日本チャンプ、実業家、家庭。現代を生きる異色のキックボクサー、今野顕彰

スポーティ

1980年代。西武ライオンズはまさに黄金期でした。チームの象徴的存在、秋山幸二のバク転ホームインに感動を覚えた野球少年は少なくないでしょう。今野顕彰選手もその1人。

現在、ジャパンキックボクシング協会ミドル級王者でありながら、実業家としての顔も持つ異色の格闘家です。「自分のパフォーマンスで人を喜ばせたい」。今野選手が幼い頃から打ち込んでいたスポーツは野球でした。

キックボクシングミドル級王者、今野顕彰とは

今野選手は8歳から野球を始めます。恵まれた体格と運動神経を武器に頭角を現し、当時住んでいた新潟の強豪校である長岡商業高校へ進学。3年時は4番ファースト、キャプテンも務めていました。

しかし、大学へ進むと徐々に野球と距離を置くようになりました。「一生懸命頑張る自分が好きだった。ダラダラした生活に嫌気がさしていた」と当時を語る今野選手。そんな時に出会ったのが格闘技です。

大学4年に上がる頃、初めて目にしたプロのリング。まばゆいスポットライトを浴びて戦っていたのは、中学校の同級生でした。「めちゃくちゃカッコ良かった。当時は、K-1やPRIDEの全盛期。なかなか辞める決心がつかなかった野球部を退部して、全てのキックボクシング協会に電話をかけた」と振り返ります。

入会が決まったのは、新日本キックボクシング協会の市原・長柄支部。若い支部ゆえに整った設備もなければ、教えてくれるトレーナーもいない状況でした。今野選手は、テレビや雑誌を見て、独学で技術を磨くことになります。

大学4年の7月に人生初試合を経験。基本も体も未完成で迎えたデビュー戦でしたが「野球で培ったスタミナと気合は負けない」と奮闘し、見事勝利します。その後のアマチュアでの戦績は、3勝1敗。晴れて同支部のプロ第1号となりました。

翌年、KO勝ちでプロデビューを果たし着実にキャリアを重ねていきますが、数年はベルトに手が届かない時期が続きます。5連続KO勝利の後に4連続KO負けといった大味なスタイル。ベルトを狙える位置にいるものの今一歩届かない30歳手前で、今野選手の思考に変化が現れます。

それまでは記録より記憶に残る選手になりたかった。でも、それが言えるのは記録を持っている選手だけ。まずは勝ちを拾うこと。

2016年から2018年。各団体のチャンピオンらと肉薄した実力を見せ始めます。そして2019年11月、悲願のジャパンキックボクシング協会ミドル級の初代王者を獲得。いつからか、執拗にベルトを追うその姿から「ベルトストーカー」という異名が定着していました。

健康の裾野を広げるビジネスマン、今野顕彰とは

プロのキックボクサーとしてデビューしたのは、大学を卒業した4月。今野選手はキックボクシング1本ではなく、就職を選択。

格闘家デビューと同時期に、新社会人としてもデビューしたわけです。1年半、最初の会社に勤めた後、キックボクシングの練習時間を確保するため工場へ転職。工場のシフトは午前6時から午後3時。その後、午後5時から9時まで練習するという生活を4年ほど続けます。

一般的に、格闘技と通常の仕事を両立することは難しいでしょう。しかし、今野選手は「小さい頃から野球と勉強の両立を当たり前にしてきた。好きなこと、やりたいことと生きることは、両立して当たり前。どちらも100%でやっている」と語ります。

不景気の煽りを受け、工場での仕事は減少。当時、日本ランク2位まで上り詰めていた今野選手ですが、生活が不安定になり格下に負けてしまいます。

この時感じたのは、「しっかりとした生活を送らなければ、試合どころではなくなる」ということと、「時間の制約があっても、体は作れる」ということでした。一念発起、医療系の事務用品を扱う企業に転職し、営業職に就きます。

日本トップランカーを維持しつつ、営業でも好成績を収めた今野選手。営業主任に任命されるなど、キックボクシング界とビジネス界の双方で活躍します。

33歳となった今野選手は退職し、独立。自身の経験を生かし、出張フィットネスやスポーツイベントの企画などを手がけるようになりました。

キックボクシングのような、マイナースポーツに携わるアスリートのセカンドキャリアも支援していきたい。“これしかやっていない”と卑下する必要は無い。“これをやってきた”と胸を張って言えるように。

格闘家として、ビジネスマンとして、二つの世界に100%の力を注いでいる今野選手の言葉には重みがあります。

元日本ランク1位と結婚。一家の大黒柱、今野顕彰とは

今野選手の特色として挙げられるのが“身近さ”です。中でもSNSの発信には積極的。奥さまとの仲睦まじいショットなど、プライベートをオープンにしている格闘家は珍しいと言えます。

奥さま、龍子さん(旧姓・冨澤)も元キックボクサー。日本ランク1位にまでなった実力者です。試合会場で出会った2人。交際に発展した後は、今野選手が工場勤務で生活がままならない時も支え合い、結婚まで至りました。

龍子さんは現在、NIKE公認トレーナーやSUPインストラクターという肩書きで活動しています。今野選手と似た事業をしており、時には夫婦で協力しながら事業を進めることもあります。

「お互い忙しいので、食事は早く帰ってきた方が作る。妻も元キックボクサーなので、自分が試合前の時は的確にサポートしてくれる」と今野選手。包み隠さないこと、協力し合うこと。これもまた、今野選手にとっては当たり前のことなのです。

異色の格闘家が目指す世界

日本トップの実力を持つ格闘家、自分自身で事業を展開する実業家、家庭を大切にする大黒柱。3つの顔を持ち、全てに全力を注ぐ今野選手。まさに現代の生き方を体現しているアスリートです。

格闘家としては、「世界のベルトを狙っていく」と話していました。また、実業家としては「キックボクシングは最高のコミュニケーション。戦った相手と無言の会話をすることで仲良くなれる。

キックボクシングを通じて、相手を思いやる気持ちを子どもたちに伝える仕事ができれば」と今後の展望を語ります。

メジャーではないアスリートたちや困っている人たちをサポートし、可能性を広げていく旗振り役として、ますます活躍の場を広げていくことでしょう。

さて、今野選手の次の試合が決まりました。3月15日(日)、後楽園ホール。チャンピオンとして初めての試合です。さらに、4月は事業を法人化させる予定です。

「大変じゃないですか?」と聞きました。もちろん答えは決まっていました。

これが日常。当たり前ですよ。


キックボクサー 今野顕彰