【矢原里夏インタビュー】世界一過酷と言われるサハラマラソンへの挑戦 世界一過酷!サハラマラソン完走!
DO【矢原里夏インタビュー】世界一過酷と言われるサハラマラソンへの挑戦 世界一過酷!サハラマラソン完走!
サハラマラソン完走!
とにかく楽しかった!と感想を述べる矢原さん。7日間のサバイバルレースでは大きな怪我はなかったものの、斜度が急な崖を登ったり、熱射病に苦しんだりと様々な危機をくぐり抜け無事完走しました。レース中には、普段は感じない孤独感に襲われ、その度に人との繋がりに感動していたとのこと。レースを終え、世界一過酷なサハラマラソンで何を感じたのか様々な物語を伺ってきました。
出発前のインタビューはこちら!
試されるサバイバル力
行く前と行った後で、印象の違いなどありましたか
あまり砂丘は無いと言われていたのですが、実際行ってみると砂丘だらけでした。あとは崖が多くて、斜度が25度あるところもあり、道が狭くて足を踏み外したら死んでしまうような本当に危ないところもありました。こんなに本気のクライミングがあるとは、思わなかったです。砂だから足を取られてなかなか登れないし、頑張って登った後にやっとロープが出てきたりと大変でしたね。
大きな怪我などはしませんでしたか
私はびっくりするほど、大きな怪我はなかったです。マメは痛いから対策しなきゃ!と言われていましたが、実際5、6個できたくらいでそんなに痛くもなく、大したことないなと。初のフルマラソンで足を折っているので、マメにそこまで痛みを感じなかったのかもしれないですね(笑)。
それよりも股関節や腸腰筋が痛くて…。砂がふかふかで、足が取られて前に進め無いんですよね。レースの日までスクワットをやって鍛えていたんですが、それでも足りなかったみたいです。
ただ、怪我はなかったのですが、熱射病にはなりました。午前中は風があってまだ涼しいのですが、14時頃になると風がなくなってすごく暑くなるんですよ。昼間は体が火照って頭が痛くなったりして辛かったのですが、夜は涼しくなるので絶対治る!と思ってキャミソール1枚になって熱を冷ましてました。
そうすると次の日にはもう治っていて、調子が良くなるんですよ。私は砂漠の耐性があったみたいです(笑)。
食料は軽量化しつつカロリーの取れるものを持っていくとのことでしたが、何か工夫などされましたか
水だけは各ポイントで配られるので、2本配られた時は、1本をスポーツドリンクして、もう半分は取っておいて、もう半分は頭にかける、というふうに計算して消費するようにしてました。
夜は3〜4本ほど配られるので、料理に使ったり、洗濯したり、ペットボトルをマグカップにしたり、色々工夫して使っていました。新しい活用を見出した時は嬉しかったですね(笑)
食料は出発前にお話した(前半)α米やラブリーテフを持って行ったのですが、初めて食べ物が受け付けない状態になって…。でもお腹が空いたら死んでしまうので、無理やり摂取してました。食料はガソリンでしかなかったですね。そんな中で、人からもらったものは本当にありがたかったです。これは母がくれたナッツ、これは福岡のあの子が送ってくれた鶏飯、などと思い浮かべながら食べていました。
孤独だったので、とにかく人とのつながりが嬉しかったです。
孤独の中で感じた、人の温かみ
一番辛かったことはなんですか
オーバーナイトの日が辛かったですね。この日は、8時〜8時半頃にスタートして、次の日の19時までに次のポイントまで到達しなければならないコースで、夜は目印となる小さな光以外は自分の足元しか見えないくらい、どこを見渡しても真っ暗な状態でした。
何も見えないので次は崖だなとか、砂丘を越えるなとか目標にできるものがなく、本当にこの時はテンションが下がりました…。私はこのステージは歩こうと決めていて、ゆっくり自分のペースで進んでいたので周りに人は誰もいなく、「孤独」でしたね。孤独が一番辛かった…。
孤独の中で一番励みになったものはなんですか
各チェックポイントで受け取れる日本からのメッセージは、本当に嬉しかったですね。日に日にメッセージが増えていって、コースをクリアすると、「ファーストステージクリアおめでとう。」、「頑張って!でも無理しないで。」と言うメッセージなどがはいっていて。ただ走っているだけじゃなくて、苦労もわかって応援してくれているのが嬉しかったです。
リタイアしたらみんなを悲しませる、次のメッセージが見たいからチェックポイントまで頑張ろう、という思いが元気の源になっていました。
参加者同士の交流などはありましたか
後続はとても和気藹々としていました。みんな完走したい、とか無理せずゆっくり行きたいような人たちばかりだったので、野生のラクダを見てはしゃいだり、崖のステージで応援し合ったりしていました。
その中でも、ドイツ人のおじいちゃんと特に仲良くなったんですよ。第二ステージを歩いている夕方頃に帽子が落ちているのを見つけて、次の日この人帽子ないと困るだろうなと思って、一応拾っておいたんです。そしたら前からおじいちゃんが歩いてきて、「あなたの?」と聞いたら、「そうだよ!もう日本人最高!」と言われて、そこからすごく仲良くなりました(笑)。
彼が辞めると言い出した時は、みんなでせっかくここまで来たんだから最後まで頑張ろうよ!と励ましました。何度も辞めると言っていたのですが最後は完走できたみたいで、良かったです。
人間の可能性、自分の小ささを実感
一番感動した風景は何ですか
ずっと感動していました。砂漠ってこんなに色々な景色があるんだなと。全部の景色が美しいんですよ。日陰があることに感動したり、見渡す限りの砂漠に感動したり、バリエーションが豊かなので飽きなかったですね。
サハラマラソンから決意したことなどありますか
盲目の方や、義足の方、両腕が無い方などもレースに参加されていたんですよ。私の100倍以上勇気があるなと思いましたね。私は目が見えても崖を登るのが怖いのに、盲目の方はその何倍も怖いだろうなと。
両腕が無い方は、私でも大変な崖をどうやって登ったのか本当に不思議でした。そんな方たちを見て、自分小さいなと、完走するだけじゃまだまだだ、もっともっと出来ることはあるなと思いました.
それと、5、6ステージは上位の人たちは、私たちの2時間遅れでスタートしたんですが、トップの選手はすぐに私達を追い越していくんですよ。それがすごく早くて。オリンピックで活躍した選手などもいたらしいんですけど、それを見てると人間って幅広いな、私すごい底辺にいるんだなと思いましたね。世界一過酷な舞台で優勝狙いにいく人達なんて、究極ですよ!オリンピックの決勝を試合の中で観戦しているみたいなものでした。
あと、上位はみんな必死なんですが、20位くらいになると余裕が出るのかみんなに声かけて行く紳士がいて、相手の国籍に合わせてそれぞれの母国語で挨拶をしてくれるんですよ。強い人は優しいですよね。私も心の余裕を持とうと思いました。
サハラマラソンを終えて人生は変わりましたか
人生は常に変わっていくものだと思うので、変わったとは思わないですけれど、人生の幅は確実に広がりました。初めて一週間お風呂に入らなかったし、初めて一週間行動食だけで生活したし。未知なことがすごく怖かったけど、未知だったからこそ発見がたくさんあったし、それが楽しかったです。今回全てが私にとって初めてのことだらけでしたが、みんなも最初は初めてだし「初めてのこと」に怯える必要はないなと。楽しめるものだと。
またレースに出たいです。とにかくすごい楽しかったです!