NFL、NBA、 MLBは、コロナ禍からスポーツの灯をどう守ったか
WATCHNFL、NBA、 MLBは、コロナ禍からスポーツの灯をどう守ったか
ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手が、日本人初のホームラン・ダービー出場をはたし、そして翌日のオールスター戦ではメジャーリーグ史上初の先発投手と1番打者で出場するという快挙を成し遂げました。この歴史的な2日間のイベントはあいにく日本時間では平日の午前中に行われましたが、それでもテレビで観戦した人は多いと思います。
日本人の多くが祈るような気持ちで大谷選手に声援を送ると同時に、現地クアーズ・フィールドの盛り上がりにも目を奪われたのではないでしょうか。最大収容人数約5万人のこの球場が超満員にふくれあがり、そのほぼ全員がマスクをしていませんでした。
まるでパンデミック以前の映像を見るような印象さえ受けました。無観客開催が決定した東京オリンピックが近づく中、なぜこれを日本で実現できなかったのかと残念な気持ちになったとしても無理はありません。
開催を元々の予定から1年延長した東京オリンピックは人類がコロナ禍を克服した証になるはずでした。しかし、米国スポーツ界では一足先にそれが実現している感もあります。その大舞台の主役に日本が誇るスーパースターがいたことは誠に喜ばしいことではあるのですが。
TOP写真:MLB All-Star Game Field Prep” by Dru Bloomfield – At Home in Scottsdale is licensed under CC BY 2.0
北米4大プロスポーツリーグのコロナ禍対策
もちろん、MLBはただ幸運に恵まれていたわけではありません。コロナ禍で大きな犠牲を払い、そして懸命に対策を行ってきたからこそ、現在の姿があります。そのことは、北米で展開するすべてのスポーツ団体にも言えることです。
世界保健機関(WHO)公式サイト*¹の発表によると、米国内でこれまでに新型コロナウイルスが原因で亡くなった死亡者数は60万人を越えています。被害の深刻さは人数で比較できるものではありませんが、死亡者数が約1万5千人の日本より、米国がさらに厳しい状況下にあったことは間違いないでしょう。
そのなかで北米4大プロスポーツリーグがそれぞれのスポーツをどのように続けてきたのかを振り返ってみたいと思います。
バブル方式:NBA、 NHL
NBA All-Star Game 2010″ by rondostar is licensed under CC BY-SA 2.0
NBA(バスケットボール)とNHL(アイスホッケー)は選手のみならず、コーチ陣、運営スタッフ、審判、などすべての関係者を一箇所に集め、全試合をそこで行うバブル方式を採用しました。
NBAは途中中断されていた2019-20年シーズンの残りとプレーオフの全試合をマイアミ州オーランドのディズニーワールド内で行い、NHLはカナダ内の2都市(エドモントンとトロント)に分かれて2020年シーズンを行いました。
プロスポーツリーグにつきものの遠征による移動をなくし、制限された一定地域内で感染予防対策を徹底的に管理することを狙ったのがバブル方式です。そして試合を完全無観客で行うことで、ウイルスが外部からバブル内部に持ち込まれることも、逆にバブルから外部に流れることも、最低限に組み止めようとしました。その試みは成功したと言えるでしょう。両リーグとも何人かの感染者は出しましたが、クラスターによるリーグ中断という事態は発生しませんでした。
ホーム&アウェー方式:MLB、NFL
First NFL football game 008″ by thisgeekredes is licensed under CC BY 2.0
MLB(野球)とNFL(アメフト)はバブル方式を取らず、従来のホーム&アウェー方式でリーグ戦を行いました。もちろん例年とまったく同じというわけではなく、遠征時には選手たちにホテルと試合会場以外の移動を禁じ、試合は無観客あるいは人数を制限するなどの感染予防対策が取られました。
それでもやはり、バブル方式に比べると、衛生管理面で徹底さに欠けていたようで、MLB、NFLともに、あるチーム内に感染者が多数出たことが原因で試合中止、というケースがいくつか発生しました。
MLBは2020年シーズンを従来の162試合制から80試合制と大幅に短縮して行い、入場者数も激減したことで、経済的にはもっとも大きな打撃を受けました。ブルームバーグ社の試算*²によれば、MLBの収益損失額は約8,500億円になるそうです。もともとリーグ戦の試合数が少ないNFL(公式戦16試合)も、その約半分の約4,000億円以上の損失が発生したと見られています。
アスリート・ファーストとは何か。
NHL at Jobing.com Arena” by 5of7 is licensed under CC BY-SA 2.0
各スポーツリーグの感染予防対策は一般社会からの理解を得るためという側面もありましたが、本来の目的は選手や関係者たちの健康と安全を守ることでした。
それぞれに細かな違いはありますが、まずはリーグ戦に参加するかしないかは選手自身による判断を尊重し、欠場を決めた選手に不利益が生じないように取り決めがなされました。そして参加することを決めた選手たちには毎日のように検査を行い、陽性と判断されたときは復帰までのルールが細かく設定されました。
世界中でもっとも多くコロナ検査を受けている人物はレブロン・ジェームズ(NBA)とトム・ブレイディ(NFL)だ、なんてジョークをよく見聞きしたものです。NBAが定めたルールによると、ジェームズは300回近くコロナ検査を受けたはずになるからです。同様にNFLのブレイディは約3か月間の公式シーズン期間中に200回以上のコロナ検査を受けた計算になります(*³. ウォール・ストリート・ジャーナルより)。
*³:https://www.wsj.com/articles/covid-testing-sports-nba-nfl-11615352090
陽性と診断された選手は隔離され、必要に応じた治療と慎重な経過観察を経て復帰します。一例を挙げると、NFLでは陽性と判定された選手が復帰するまでには最低10日をあけ、複数の再検査が義務付けられるだけではなく、段階的にリハビリと臨床観察を行う細かな心臓スクリーニング手順が定められました。
見逃してはならないアスリートのメンタルヘルスへの影響
MLB All Star Home Run Derby 2013″ by gargudojr is licensed with CC BY 2.0.
オリンピックはそのもっとも大規模な例になりますが、国境を越える移動を伴うスポーツイベントは団体だけではなく、国が定める検疫ルールにも大きな影響を受けます。例えばカナダでは入国後14日間の検疫隔離が厳格に運用されてきました。そのため、前述したようにNHLはカナダの2都市のみでリーグ戦を行い、米国への移動をなくしました。逆にMLBではトロントに本拠地を置くブルージェイズがシーズン中ずっと米国内に留まってリーグ戦に参加しています。
オリンピックでは入国前14日間の健康観察、出発の96時間以内に2回の新型コロナウイルス検査の陰性証明書が必要になります。入国後は選手においては、組織委員会の監督のもと初日から活動を行うことができますが、3日間は毎日検査が行われます。
個人的な話になって恐縮ですが、私は2020年と2021年の6月に米国から日本に帰国し、入国後の検疫隔離を2回経験しました。もちろんオリンピック選手とはレベルが天と地ほどかけ離れていますが、それでもアスリートの端くれを自認しています。
そんな私にとって、ホテルの一室で缶詰めになり、運動ができず、食べるものも選べない生活は大変につらいものでした。体調を維持することが難しいのは言うまでもありませんが、自らの精神状態をいかに保つかはさらに大きな課題になりました。大声で叫ぶことが許されるならば、「コロナに感染する前に鬱になるぞ」と訴えたくもなりました。
ただでさえ、国からの期待を背負って、多大なプレッシャーに打ち克たなくてはいけないのがオリンピック選手たちです。彼らには何の責任もないパンデミックのせいで、過度な心理的負担がかからないことを願うばかりです。