メキシコサッカーの開拓者 元横浜FC営業・運営部長に聞く、Jリーグのフロントスタッフの仕事
SUPPORTメキシコサッカーの開拓者 元横浜FC営業・運営部長に聞く、Jリーグのフロントスタッフの仕事
スポーツの現場で選手を支える立場として働きたい、と考える人が増えています。今やスポーツビジネスは大学の学部学科としてもメジャーなものとなり、スポーツビジネスに関するセミナーには学生だけでなく、社会人も多く参加しています。
百瀬俊介さんはメキシコでプロサッカー選手としてプレー後、2006年から3シーズン、横浜FCでフロントスタッフを務め、現在はJ3ブラウブリッツ秋田でアドバイザーとして選手を支える立場として活躍しています。サッカー界の表舞台と裏舞台両方を経験している百瀬さんに、なかなか聞くことができないJリーグのフロントスタッフの仕事について聞きました。
TOP画像 PHOTO BY Naoya Fujii
細やかな気配りが大切なJリーグの試合運営
Jリーグのフロントスタッフには、営業や広報、運営、ホームタウン活動など、クラブをサポートする仕事が数多くあります。その中で百瀬さんは横浜FCで営業、そして運営部長を務め、チケット売上の促進や、円滑な試合運営に貢献してきました。
営業は一般企業にもあるため馴染みがありますが、試合運営はスポーツ業界にしかない特殊な仕事です。試合運営の業務は、セキュリティやアウェー、レフリー、スポンサーの対応、場内の進行など、多岐に渡ります。更に、天気や災害など、不測の事態にも気を配りながら、選手、観客、アウェー、試合に関わる全ての人達が不自由なく、安全に、楽しめる環境を作る柔軟さも要求されます。
例えば、気分が悪くなって、救急車で運ばなければいけないお客さんがいる時。その際試合を妨げないように、サイレンを鳴らさずに救急車に来てもらうよう伝えると言った配慮も必要となります。百瀬さんは、試合運営を「とにかく神経を張り巡らせなければいけない仕事」と語っています。
気を使うのは目につく部分だけではありません。チームのスタッフだけでなく、警備の人達も含めて、試合に関わるスタッフの気持ちを同じ方向に向かせるために挨拶の徹底なども行っていました。
また、トイレを清潔に保つことは、特に大事にしていました。スタジアムを訪れる女性サポーターから不満が出やすいのがトイレです。横浜FCのホームスタジアムであるニッパツ三沢競技場は古かったので、意識して綺麗にしていないとお客さんは気持ちよくスタジアムを利用できません。この様な細かいところにも気を使う事が、お客さんの喜ぶ顔に繋がると思います。
2007年J1最終節での浦和レッズVS横浜FCの舞台裏
横浜FCでの仕事の中で特に印象に残っているのが、2007年J1最終節、日産スタジアムで行われた浦和レッズ戦。
この年、優勝候補として着実に勝ち点を積み上げていた首位浦和は、AFCチャンピオンズリーグの疲労からか、突然の失速。その一方で下位にいた鹿島が急上昇し、浦和との勝ち点差を1まで詰めます。ここで勝てば浦和の優勝が決まる、と迎えた日産スタジアムでの試合。すでにJ2降格が決まっていた横浜FCに対し、誰もが浦和の勝利を信じて止まず、スタジアムは浦和サポーターで真っ赤に染まりました。
この試合、百瀬さんは安全面を第一に、浦和のスタッフとも話し合いながら、普段以上に念入りに体制を整えていました。
浦和の動員数は日本一、しかも優勝がかかった試合ということで、サポーターが大挙しました。こんな規模で試合をしたことがなかったし、しかも優勝がかかった試合。どこまで準備しても不安は残り、かなり緊張していました。それでも試合を成功させるために、一番気をつけた点は、警備。そのため、見込み動員数から判断し、普段の倍以上の警備を配置しました。更に、もしもの時のために、警察に機動隊の依頼も要請していました。
試合は1-0で横浜FCの勝利し、浦和レッズは優勝を逃しました。予想外の結末に、サポーターによるトラブルも懸念されましたが、スタッフ達の入念な準備により、幸い大きな事件や事故はありませんでした。
当たり前を追求していく面白さ
百瀬さんは、選手とフロントの両方を経験したからこそわかる、試合環境が整備されているありがたみを感じるそうです。
選手は試合環境が用意されていて当たり前だと思う人が多いです。私も横浜FCでフロントを経験して、今まで選手時代に提供されていた環境が当たり前ではなかったとわかりました。スパイクを磨く人がいたり、ユニフォームをロッカールームに置いてくれる人がいたり、これだけの人がチームのために動いてくれている、と知った時の驚きは大きかったです。
これは自分が選手時代にスタッフに恵まれていたからこそ、気付かなかったのだと実感したそうです。
選手や監督は勿論、サポーターや観客が当たり前のことを当たり前として享受できる環境とは何なのか。
百瀬さんはそれを追求するために、アーティストのコンサートやイベントなどにも足を運び、運営面や出演者へのサポート体制について、特に注視するという習慣がついたそうです。
フロントスタッフのやりがいとは
お客さんの笑顔を見ると、やりがいや達成感を感じます。運営は決して日の当たる仕事ではありません。プロスポーツチームのスタッフは、華やかな仕事と考えている人も多いと思いますが、クラブが輝くために裏方として徹しなければいけません。
自分が表舞台に出て輝きたいという人と、単純にチームやサッカーが好きな人は向かないと百瀬さんは言います。裏方として決して出しゃばらず、縁の下の力持ちとしてお客さんが楽しんでいる姿を見て嬉しいと思える人でないと務まらないようです。
他にも、地域密着を理念に掲げているJリーグならではのやりがいもあります。
サッカーチームは世界中でどのチームにも地域や街の名前が付いています。それは、選手、サポーター、フロントスタッフ、地域の人々、皆が一丸となって文化を創造していくからです。それぞれのクラブに理念があって、それをみんなで目指していく楽しさがあります。
そのように語る百瀬さんは現在、ブラウブリッツ秋田のクラブアドバイザーを務めると共に、秋田県大館市シンクタンク政策アドバイザーとして、地域活性化にも携わっています。先月には大館市で、小学生向けのプログラミング教室も実施したとのことでした。
各クラブそれぞれ目指しているものを創り上げるには、時間とエネルギーがいります。観客動員数に伸び悩んだり、地域での活動を浸透が上手くいかなかったり、クラブ運営の悩みはつきません。それでもJリーグのフロントスタッフという仕事は、一つ一つの試合や活動を地道に積み重ねることで、多くの人に楽しんでもらう喜びを感じられる他にはない大きなやりがいのある仕事と百瀬さんは教えてくれました。
INFORMATION
百瀬俊介(ももせ しゅんすけ)
1976年5月31日生まれ。
中学卒業後にメキシコのデポルティーボ・トルーカFCのユースチームに入団。1993年に同クラブのトップチームと契約し、日本人初のメキシコリーグ所属のプロサッカー選手となる。メキシコやエルサルバドル、アメリカのチームでプレーした後、2001年にデポルティーボ・トルーカFCで現役引退。
現在コネクト株式会社の代表取締役会長。ブラウブリッツ秋田のクラブアドバイザーも務める。