短時間かつ高強度のインターバル運動(HIIT)が記憶力を向上させる

短時間かつ高強度のインターバル運動(HIIT)が記憶力を向上させる
優れたスポーツ選手は頭脳明晰であるとよく言われます。大谷翔平選手や井上尚弥選手など、日本が誇る世界的なアスリートたちは総じてインタビューの受け答えからにも高い知能を感じさせます。
トップアスリートではなくても、スポーツの能力と脳の働きには確かに関連があるのではないかと思います。私は野球部とクロスカントリー走部のコーチという職業柄、数多くの高校生たちと日常的に接していますが、チームの中心選手が同時に教室でもトップクラスの優等生であるケースが実に多いのです。むろん、例外はありますけど。
そもそも、身体的な運動が脳の働きに良い影響を与えることは、すでに多くの研究で明らかになっています。そうした研究の多くが主に高齢者を対象にして、運動をすることで記憶力、認知処理、脳の可塑性、脳の容積などの改善につながることを示唆しています。運動をすることがアルツハイマー病などの予防と対策に役立つとも考えられています。
そうした高齢者や医療の分野に限らず、若く健康な人たちも短時間かつ高強度の運動が記憶力を向上させるとした注目すべき研究(*1)が、2017年にカナダのオンタリオ州・ハミルトンにあるマックマスター大学の研究者たちによって発表されました。
*1. The Effects of Physical Exercise and Cognitive Training on Memory and Neurotrophic Factors.
https://direct.mit.edu/jocn/article-abstract/29/11/1895/28719/The-Effects-of-Physical-Exercise-and-Cognitive?redirectedFrom=fulltext
研究の概要:わずか20分以内の高強度運動が記憶力を高める
この研究は95人の若い健康な男女を対象にして行われました。6週間の観察期間中、被験者たちは運動だけを行うグループ、運動と認知トレーニングを行うグループ、そして何もしないコントロール・グループに分けられました。
研究に採用された運動は最長でも20分以内という短時間のうちに強度の高い運動をインターバル形式で行うというものでした。こうした種類のトレーニングは一般的にHIIT (High Intensity Interval Training)と呼ばれています。
HIITの代表的な例に「タバタ」という方法論があります。強度が高い運動を20秒間行い、強度が低い運動を10秒間を組み合わせを1セットとして8セット繰り返すものです。立命館大学の田畑泉教授は、この所要時間がたった3分50秒のインターバル・トレーニングによってアスリートの心肺能力が飛躍的に向上することを証明して、世界中のスポーツ関係者に大きな影響を与えました。
運動効果に加えて、HIITは短時間で高い脂肪燃焼効果があるとされ、フィットネスやダイエットに関心がある一般層にも高い人気を得ました。さらには脳機能にも好ましい効果があるらしいのです。
上の研究の結果、HIITタイプの運動が脳内のBNDF(Brain-Derived Neurotrophic Factor、「脳由来神経栄養因子」)と呼ばれるたんぱく質の量を増やすことが分かりました。BNDFは脳細胞の働きや成長、そして生存をサポートすると論文内で説明されています。
フィットネスレベルの向上率が高い個人は、BNDFの増加率も高いことが分かったそうです。そして、もっとも高い記憶力向上率を示したのは運動と認知トレーニングの両方を行ったグループであり、その数値は運動だけを行ったグループを上回ったとのこと。
つまり、ただ運動をするだけでは脳への効果を最大化することはできず、体を動かすことと脳を働かせることをセットにすると相乗効果がさらに上がるようです。平たく言えば、運動だけを行うより、運動と勉強を両方した方が、アタマがより良くなるということです。
以前、チェスやeスポーツなどの頭脳ゲームの競技者がHIITに取り組んだ事例を紹介したことがありますが、それもこの研究結果を裏付けていると考えられないでしょうか。
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よく遊び、良く学べ
上の研究はわずか6週間という期間で有意な変化があったことでも注目に値します。たとえば、数か月後に受験を控えた子どもが勉強の合間に数10分程度の高強度運動を挟むことで、試験前に記憶力を高められるかもしれないのです。試してみる価値はあるのではないでしょうか。
何しろ、HIITは有酸素運動やボールゲームと比べて全体の運動時間ははるかに短くて済みます。もし学力向上の効果が期待通りに上がらなかったとしても、それによって失うものはさほど大きくはないでしょう。少なくとも、運動をすることで心身の健康面でプラスに働くことは間違いありませんし。
それにHIITと言っても、とくに変わったことをする必要はありません。運動とスポーツは必ずしも同義語でなく、自由に遊ぶことも立派な運動なのです。
駆けっこでも鬼ごっこでも、子どもたちを放ってさえおけば、自然に全速力で短距離を繰り返して走り回る遊びに夢中になるはず。疲れたら休んで、また遊び始めるでしょう。つまりHIITです。今日は休まずに長距離を走って遊ぼうと言い出す子どもはあまりいません。
よく遊び、よく学べ。先人はやはり良いことを言っているなあと思うのですが、どうでしょうか。
ちなみに私自身はよく遊びましたが、あまり学ばない子どもでした。私の記憶力に問題があるのは、きっとそのせいです。それでも、大人になってHIITに取り組んだので、まだこの程度で済んでいるのかもしれません。