頭脳ゲーマーも運動することでパフォーマンスが向上する
DO頭脳ゲーマーも運動することでパフォーマンスが向上する
日常的な運動が心身の健康にとって良いことにはもはや疑いを挟む余地さえありませんが、どうやら運動には脳の働きを活性化させる効果もあるようです。
身体的な運動が脳に与える効果について調べた学術研究はこれまでに数多く行われていて、そのほとんどは運動が記憶、認知処理、脳の可塑性、脳の容積などの改善につながることを示唆しています。
一例として、2020年8月にスウェーデンの研究者たちによって発表されたシステム・レビュー論文(*1)では、2分間~60分間までの有酸素運動を勉強やデスクワークの前に行うことで、18歳から35歳までの若い世代の学習能力および記憶機能が向上すると結論づけました。
若い世代だけではなく、高齢者にも運動は脳に良い効果をもたらすようです。生物学的な観点から運動と脳の関連について調べた研究(*2)は、有酸素運動が海馬のサイズを大きくさせ、記憶力を向上させると結論で述べています。理論的には有酸素運動を行うことがアルツハイマー病などの予防に役立つということです。
*1. Effects of a single exercise workout on memory and learning functions in young adults—A systematic review
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/tsm2.190
*2. Exercise training increases size of hippocampus and improves memory.
https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.1015950108
TOP写真:”Found an Athens e-sports event” by illustir is licensed under CC BY 2.0.
世界中の頭脳ゲーマー77人に運動をさせてみると
“Chess Set by Dan Zen” by Dan Zen is licensed under CC BY 2.0.
運動によって脳の働きが良くなるのであれば、チェスやビデオゲームのような頭脳ゲームのパフォーマンスも運動によって向上するのではないか。そんな疑問に答えようとした研究をスポーツ関連メーカー大手の『アシックス』が最近発表しました。
21か国から77人のチェスやeスポーツなどをプレイする頭脳ゲーマー(アシックスは「マインドアスリート」と呼んでいます)が選ばれ、それまで運動習慣がなかった彼らに4か月間の身体トレーニングを課したところ、脳の働きが冴え、ゲームの競技レベルが著しく向上しました。
参加した頭脳ゲーマーのなかには最初のうちは1分以上走ることさえできない人もいたそうです。トレーニング計画を作成した「ヘッドコーチ」のアンドリュー・カスター氏は非常に緩やかなレベルから始め、徐々に強度を上げていく方式を採用せざるを得ませんでした。最終的には週150分の有酸素運動と筋トレを行うレベルにまで引き上げられました。
4か月後のトレーニング期間終了時には、彼らの認知機能が10%、短期的な記憶力が12%、問題解決能力が9%、そして処理スピードが12%、それぞれトレーニング期間開始前と比較して向上したとのことです。
元々アタマを使うゲームに慣れ親しんでいた彼らにさえこれだけの効果があるのなら、普段あまりアタマを使わない私などはどうなのだろう?と考えさせられる結果です。もっとも、私は言われなくても運動は十分以上にやっていますので、すでに目一杯向上させた脳の機能がこの程度なのかもしれませんが。
運動は脳内の細胞の成長を刺激し、海馬と前頭前皮質への血流を急速に増加させる。これにより、記憶を保持し、情報を処理し、問題を迅速に解決する能力が向上する。そんなメカニズムを研究に参加した英国キングス・カレッジ・ロンドンのブレンドン・スタッブス教授は説明しています。
この興味深いプロジェクトの内容は同社のウェブサイト(*3)に詳しく説明されています。
*3. マインドアスリート 彼らが挑む実験ドキュメンタリー
https://www.asics.com/jp/ja-jp/mk/sound-mind-sound-body-impact-mindathletes
ドキュメンタリー映画『マインドアスリート』
“年越麻雀” by veroyama is licensed under CC BY 2.0.
上の研究を受け、運動が脳パフォーマンスに及ぼす効果をさらに国際的レベルの競技者たちを対象に追跡したドキュメンタリー映画も作成されました。
登場するのはチェス、麻雀、eスポーツ、メモリースポーツで活躍する4人の現役「マインドアスリート」たちです。彼らが国際大会での順位を上げるためのトレーニングに運動を取り入れた姿と競技の様子を描いています。
そう、麻雀にも国際大会があり、プロの競技選手がいるということを、筆者はこの映画で初めて知りました。出演者の平野良栄さんはツイッターのプロフィールによると日本プロ麻雀連盟30期生だそうです。
平野さんは映画の中でパーソナルトレーナーの指導を仰いで、ランニングを中心とした有酸素運動に取り組みます。目標は2022年8月にオーストリアのウィーンで開催されたリーチ麻雀世界選手権で上位に入賞することでした。
さて、その結果はいかに、は映画のネタをばらすことになってしまいますので、ここではあえて触れません。ぜひ映画をご覧になって下さい。
ただひとつ、映画のストーリーそのものには大きな影響はありませんが、4人のお子さんを持つ平野さんが幼い娘さんたちと一緒にランニングをしていたシーンには心を動かされました。
平野さん以外のアスリートたちもそれぞれ興味深いキャラクターの持ち主で、頭脳ゲームという競技の様子も知ることができます。一見に値する作品です。