スポーツに怪我はつきもの。指導者に求められるものは-日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動その18
SUPPORTスポーツに怪我はつきもの。指導者に求められるものは-日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動その18
日本と同じように、あるいはそれ以上に、米国では高校の課外活動としてのスポーツが盛んです。部活動はスポーツをする貴重な機会を生徒たちに与えてくれます。部活動を通して、かけがえのない一生の友人を作った人も多いでしょう。その一方で、「ブラック部活」という言葉に象徴されるように、長時間の練習や顧問教員の超過労働など、様々な弊害も生じていることが指摘されています。
私は2017年からカリフォルニア州オレンジ郡にある私立高校でクロスカントリー走部の監督を務めています。さらに2020年からは同じくオレンジ郡にある別の公立高校で野球部のコーチにもなりました。米国での部活動スポーツが実際にどのように行われているのか、現場から見た様子をご紹介します。
前回記事>>日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動-PART17-
部活指導者とプロスポーツ指導者の違いとは
少し古い話題になりますが、イチローさんこと鈴木一朗氏が高校野球の指導を行う資格を得るために日本アマチュア野球の研修会を受講したというニュースがありました。鈴木氏はその後、日本でいくつかの高校を実際に訪ねて指導を行ったことも続けて報じられています。
この研修会については、元プロ選手が高校生に野球を教えるのになぜ資格が必要なのかと批判する声も多いと聞いています。しかしながら、日本と米国の違いはありますが、同じく高校球児の指導に関わっている立場からは(もちろん、鈴木氏と私では天と地ほどのレベルの違いがあることは重々承知の上で申し上げるわけですが)、部活指導員には何らかの事前教育は必要だと私は考えています。
なぜなら、部活指導員の役割とは専門とするスポーツのテクニックや作戦を教えることだけではありません。それ以外に、学校教育に携わるものとして最低限知っておかなくてはいけないことが多いからです。
なかでもスポーツ系部活の指導員にとっての最優先課題は、生徒たちの健康と安全を守ることです。大前提として、スポーツに怪我はつきものです。ですから、指導員には、安全に配慮し、怪我を予防しながら、練習や試合を行うことがまず求められます。それでも怪我が起きてしまったときは、適切な救急処置を取ることも重要な役割のひとつです。
部活指導員に義務づけられる安全講習
米国は広いので、州ごとに違いはあるかもしれません。少なくとも、私がカリフォルニア州の高校で指導を始める前には、安全に関する以下の講習を受け、かつ、すべてのテストに合格することが義務づけられました。
■AED(自動体外式除細動器)とCPR(心肺蘇生法)
何らかの事故で、意識を失った、あるいは呼吸困難に陥った人に対して、救急車が到着するまでに施すべき応急処置を学びます。受講者同士でパートナーを組むか、人形を利用して、人工呼吸の練習も行います。この資格は公的なもので、学校教育だけではなく、民間のスポーツ施設で働くときにも有効になります。
■脳しんとう
アメフトは米国で最も人気のあるスポーツなのですが、激しいコンタクトを伴います。そのため、昨今になって多発する脳しんとうの危険性が叫ばれ、若年層の競技人口に陰りが出始めています。それがきっかけとなり、今ではすべてのスポーツ関係者に脳しんとうの予防と対策に関する知識が求められています。
例えば、脳しんとうが疑われる選手は医療機関での診断を義務つけられ、定められた期間は一切の運動を禁止されます。運動を再開するには医師の許可書が必要になります。そうしたルールはすべてのスポーツに適用されています。
■急性心停止
米国の高校生アスリートに最も高い死亡原因は急性心停止ということです。毎年、何人かがそのために亡くなっています。そのような重大事態を招かないための予防対策がもっとも重要です。万が一、急性心停止が疑われる場合の救急措置についても学びます。
■熱中症
米国スポーツ界で熱中症に関する意識が高まり、その対策が講じられるようになったことも、アメフトで事故が多発したことがきっかけでした。アメフトは秋がシーズンなので、夏に集中して練習することが多いのですが、猛暑の下、屋外でヘルメットをかぶって運動するのですから、熱中症にならない方が不思議です。
私が住む南カリフォルニアは1年を通して暑くなる日が多く、摂氏40度以上にまで気温が上がる日が年に必ず何日かあります。気温や湿度が一定の条件を越える日は、学区から運動禁止の通達がきます。講習では、熱中症の予防に関するガイドラインと、そうなってしまったときの処置について学びます。
■血液媒介病原菌
出血を伴う怪我もスポーツでは珍しくありません。 講習では血液を媒介として感染する病気の危険性と、その予防策について学びます。
教育関連者としての責務
上に挙げたものとは別に、全米の高校スポーツを統括する組織(NFHS – National Federation of State High School Associations)がすべての指導員に受講を義務つけているスポーツ指導の基本講座があります。そこでは身体的な故障に関すること以外に、生徒のメンタルヘルスについても詳しい説明があります。
さらには教育関係者として、セクハラと虐待についての講習を受けなくてはいけませんし、そして昨年と今年は新型コロナウイルス対策の講習も加わりました。
しかも、これらの資格は永久ではありません。資格の種類によって異なりますが、殆どは1、2年ごとに更新しなくてはいけません。その際は講習の再受講とテスト合格が資格更新の条件になります。これは教員であっても、私のような外部コーチであっても同じです。
プロスポーツ選手や指導者はそのスポーツの専門家ではあっても、こうした広範囲にわたる知識や経験を持っているとは限りません。学校の部活であれ、民間のスポーツ組織であれ、大事なお子さんたちを預かっているわけですから、指導に携わる全員が教育者としての自覚を持たなくてはいけない。私はそう考えています。