個人スポーツ部は帰宅部よりメンタルヘルスの問題を起こしやすい?-日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動その19

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個人スポーツ部は帰宅部よりメンタルヘルスの問題を起こしやすい?-日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動その19

スポーティ

日本と同じように、あるいはそれ以上に、米国では高校の課外活動としてのスポーツが盛んです。部活動はスポーツをする貴重な機会を生徒たちに与えてくれます。部活動を通して、かけがえのない一生の友人を作った人も多いでしょう。

その一方で、「ブラック部活」という言葉に象徴されるように、長時間の練習や顧問教員の超過労働など、様々な弊害も生じていることが指摘されています。

私は2017年からカリフォルニア州オレンジ郡にある私立高校でクロスカントリー走部の監督を務めています。さらに2020年からは同じくオレンジ郡にある別の公立高校で野球部のコーチにもなりました。米国での部活動スポーツが実際にどのように行われているのか、現場から見た様子をご紹介します。

>>前回記事「日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動-PART18-」

チームスポーツに参加する子供はメンタルヘルスに苦しむことが少ない

カリフォルニア州立大学フラトン校の研究者らが最近発表した研究論文*¹によれば、野球やアメフトのようなチームスポーツに参加している子供はメンタルヘルスの問題に苦しむ割合が少なくなることが分かりました。

ここまでは納得しやすいのですが、この研究ではメンタルヘルスとスポーツに関連して、驚くべきもうひとつの傾向を発見しています。テニスや体操などの個人スポーツのみを行う子供はまったくスポーツをしない子供と比べても、メンタルヘルスの問題を抱える確率が高いのだということです。

私は学校教育としての部活動スポーツに関わるものして、どんな種類のスポーツであっても、日常的に運動をする機会を作ることで、子供たちが心身の健康を得るために役立っていると信じていました。その私にとって、この論文の結論は非常に衝撃的なものでした。ひょっとしたら、スポーツ部活動に参加することでかえって精神的健康に悪影響が生じてしまった子供がいるかもしれないのです。

参考
*1:Associations between organized sport participation and mental health difficulties: Data from over 11,000 US children and adolescents.
Hoffman, D. et. al., 2022
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0268583

1万人以上の子供を対象にした調査から浮かび上がったもの

この研究を主導したカリフォルニア州立大学のホフマン教授と研究チームは全米各地に住む9歳から13歳までの子供11,325人を対象にして、彼らのスポーツ活動歴とメンタルヘルスに関連したデータを解析しました。データは保護者に記入してもらった子供の行動に関するチェックリストが基になりました。スポーツだけではなく、メンタルヘルスに影響を与える可能性があると思われる他の要因、例えば家庭の世帯収入や全体的な活動量なども解析の対象になりました。

事前に予想された通り、チームスポーツに参加する子供は、運動をしない子供と比べると、不安やうつ病を示唆する確率が10%低く、社会からの疎外感を示唆する確率が19%低く、そして集中力欠如などの問題を示唆する可能性が12%低いことがわかりました。

ところが、個人スポーツのみを行う子供は、まったく運動をしない子供と比べると、かえってメンタルヘルスの問題を抱える可能性が大きいのだそうです。前者は後者より、不安やうつ病を示唆する確率が16%高く、社会からの疎外感を示唆する確率が14%高く、そして集中力欠如などの問題を示唆する可能性が14%高い、ということです。

スポーツは万能薬ではなかった

考えてみると、スポーツ界でメンタルヘルスの問題が議論させるようになったきっかけと言えば、テニスの大坂なおみ選手が全仏オープンを棄権したことや、体操競技のシモーネ・バイルス選手が東京オリンピックで個人種目の出場を取りやめたことでした。偶然かもしれませんが、どちらも個人スポーツです。

それでは子供たちにはなるべくチームスポーツをさせる方が良いのでしょうか。私自身は必ずしもそうではないと考えています。自分自身の育児やコーチとしての経験から、チームスポーツに興味を抱かない子供や、あるいは他人と一緒にするより自分ひとりで何かをすることを好む子供は、確実に一定数は存在すると実感しているからです。そういう子達に好きでもないスポーツを強制することが良い結果を生むとは到底思えないのです。

個人スポーツがメンタルヘルスに悪影響を与えると言うよりも、メンタルヘルスに問題を生じやすい性質の子供は個人スポーツを好む傾向がやや強いのではないか。それが私の推測です。

新型コロナウイルスの影響であらゆる高校スポーツが中止となった頃、私はスポーツ部活動再開を州政府に請願する運動に関わりました。

関連記事:コロナ禍で改めて考えた高校生にとってのスポーツとは-日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動その14

その頃は10代の自殺が増えていました。それにはスポーツをする機会が失われたことが原因のひとつではないかと指摘する声もあり、私もそう考えていたからです。

コロナ過がほぼ収束し、少なくとも私の地元ではどの年代のスポーツもフルに再開しています。しかし、子供がスポーツさえしていれば、それだけで安心できるというわけではないことを肝に銘じておこうと思います。

バナー写真:”TWU Gymnastics Practice [Emily]” by Erin Costa is licensed under CC BY 2.0.

アメリカ メンタルヘルス 部活動