欧州が注目する急成長クラブ~吉田麻也のサウサンプトンを訪ねて
WATCH欧州が注目する急成長クラブ~吉田麻也のサウサンプトンを訪ねて
欧州屈指のユースアカデミーから若手有望株を続々と輩出
「ユースのアカデミーが最も成果を挙げているサッカークラブ」「近年、ヨーロッパでいちばんブランド価値が高まっているクラブ」。そんなクラブが、ロンドンでもマンチェスターでもなく、イギリスの小さな地方都市にあると知ったら、びっくりする人もいるでしょう。
実はこのクラブは、日本代表DFの吉田麻也選手が移籍してから日本でも注目されるようになったサウサンプトンなのです。彼が加入した2012年8月から赤と白のユニフォームに身を包んだ背番号3の活躍を見続けている方も多いのではないでしょうか。
2015年3月、欧州サッカーの研究機関「CIES(スポーツ研究国際センター)」が「2012年以降に最も利益を稼ぎ出している欧州のユースアカデミー」にサウサンプトンを選出。古くはアラン・シアラー、最近ではアーセナルで活躍しているテオ・ウォルコットやチェンバレンを輩出しているサウサンプトンは、ここ2年間、プレミアリーグのトップクラブに数多くの選手を供給しています。
19歳でイングランド代表に選ばれたルーク・ショーはマンチェスター・ユナイテッド。同じくイングランド代表のリッキー・ランバート、アダム・ララナがリヴァプール。この夏も、ナサニエル・クラインがやはりリヴァプールに引き抜かれました。毎年、これだけの選手がクラブを離れてもなお、プレミアリーグのTOP10にしぶとく食い込んでいるクラブの底力に驚かされます。
ブランド価値が急上昇、高評価のスタジアム
さらに先月、イギリスのブランドコンサルティング企業「ブランド・ファイナンス」がまとめた「世界で最も価値のあるサッカーブランド年度レポート」で、サウサンプトンは欧州18位にランクイン。アトレティコ・マドリードやアヤックス、リヨン、ASローマなど他国リーグで優勝経験のある強豪クラブを抜き、この1年間でブランド価値が89%伸びたとして、「2014年~2015年に最もブランド価値が上がった欧州主要リーグのクラブ」と報告されています。
彼らの本拠地であるセント・メリーズ・スタジアムは、15,000人しか収容できなかった旧スタジアムのザ・デルを諦め、2001年の夏に建設されたもの。UEFA(欧州サッカー連盟)スタジアム格付けで4つ星評価を受けていた近代的で美しい建築は、32,689人がゲームを楽しめるイングランド南部最大規模の名物スタジアムなのです。
人材育成、クラブのブランド価値、スタジアムインフラがすべて高評価と、一見地味ながら実は魅力抜群のサウサンプトン。
このようなエピソードを挙げるたびに、どんなクラブなのか興味が湧いてきます。筆者は2013年1月に、吉田麻也見たさにセインツの愛称で親しまれているクラブのホームグラウンドを訪れています。ここからは、サウサンプトンの街とセント・メリーズについてレポートします。
のどかな街並み、洗練されたセント・メリーズ
イングランド南端の港町、サウサンプトンは人口24万人の地方都市で、悲劇のタイタニック号が出港した街として知られています。
ロンドンから電車で約1時間半と、日帰りも可能。イギリスの「ナショナル・レイル」と呼ばれる鉄道は、off peakと呼ばれる混雑時とそれ以外の時間、前売りと当日、片道と往復など条件によってチケットの価格が変わるのですが、サウサンプトンまではおよそ40ポンド弱(約7600円)となっています。
ウォータールー、あるいはヴィクトリア駅から南に向かう車窓は、東京から伊豆を訪ねるようなのどかな雰囲気。曇り空ばかりのロンドンが嘘のような温かい日差しに包まれながら、直通の電車はサウサンプトン・セントラル駅に到着しました。駅を降りるとバスの停留所しかなく、港町の風情はないが、10分も歩けば海を望む街の中心部にたどり着けます。
目当てのセント・メリーズ・スタジアムは、サウサンプトン・セントラル駅から右手に街並みをみてひたすらまっすぐ、20分も歩けばその姿が見えてきます。
プレミアリーグのスタジアムの魅力は、それぞれにまったく違った表情を見せるところ。
川沿いの公園にひっそりと佇むフラムの本拠地クレイブン・コテージ、古びた住宅地のすぐ横にいきなり現れるリヴァプールのアンフィールド。サポーターを堂々と招待しているかのように遠くからでもすぐその存在がわかるオールド・トラフォード、レジェンドたちの銅像がズラリと並び、華やかなアーセナルの本拠地エミレーツ。
セント・メリーズを表現する言葉は「洗練・スマート」。主力選手の巨大なパネルがエントランスでサポーターを出迎えると、小さなハンバーガーショップとメガストアぐらいしか遊びのないシンプルなスタジアムではあるものの、スタジアム自体の構造の美しさとシャープな色合いには目を奪われます。
試合の当日は、3時間前から選手の入り待ちをする熱心なサポーターが出始め、アーセナルなどの人気クラブがやってくるとなると、バスストップは大勢のカメラを持ったファンで賑わいます。
グッズやTシャツが並ぶメガストアをのぞくと、当時は吉田麻也の大きなポスターがそこかしこに飾られており、日本から来たセンターバックがいかに期待されているのかが伝わってきました。
日本人とわかると、地元のファンが声をかけてきてくれたりするのですが、とある中年のサポーターは、クラブの期待に応えられずに日本に戻った李忠成について語ってくれました。「彼はすごく期待されていたんだけど、負傷のタイミングが悪く、他の選手とうまくコミュニケーションが取れなかったのが痛かった」。現地のファンのサッカーに対する知識と情熱は、決して強いクラブに引けを取りません。
スタジアム内のショップ前で、ビールを煽りながらサッカー談義に熱中するおじさんたちの間をすり抜けスタンドへのゲートをくぐると、目に飛び込んできたのはゴール裏にある見やすいスクリーンと、後ろの席でもピッチがしっかり把握できるすり鉢状の観客席です。ピッチと客席が近いのはプレミアリーグのスタジアムならではです。
選手やクラブのチャントをがなりながら忙しく応援するトップクラブのサポーターと比べて、セインツサポーターの応援はどこかしらのどかで牧歌的です。
それでも、ボールが出るエリアを予測してカバーするというような、TVではわかりにくいファインプレーにも拍手喝采。若手選手がラフなキックをすると、50年以上クラブを応援しているようなおばあちゃんが激しく叱るあたりは、さすがイングランドです。
ゲームが終わり、ピッチサイドに退く選手を温かく迎えるセインツのサポーターには、静かで熱いクラブ愛が感じられます。
若い選手を育て上げ、街全体が彼らのプレーをリスペクトするサウサンプトン。素晴らしいユースアカデミーも高いといわれるブランド価値も、地道な取り組みと熱きサポーターの応援の積み重ねによって成り立っているのでしょう。
広いメインストリートにある静かな商店街を歩いていると、日本の下町が思い出され、吉田麻也が「この街が好き」という気持ちが何となくわかります。
ロンドンを訪ねる予定がある方は、1日だけ時間を作って、サウサンプトンとセント・メリーズに足を運んでみてください。
INFORMATION
■SOUTHAMPTON FC 公式サイト
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