サッカークラブのデータ分析術 日本をサッカー分析大国に。サッカークラブのデータ分析術【後編】
WATCHサッカークラブのデータ分析術 日本をサッカー分析大国に。サッカークラブのデータ分析術【後編】
近年の世界のサッカー界では、データ分析に急速に注目が集まっています。その中で極めて大きな存在感を放つカタパルト社の、唯一の日本担当である斎藤兼さんに前編ではサッカーにとって重要なデータとは何かをお聞きしました。今回の後編では実際にシステムを導入していく流れから、プロの現場で行われている分析活動に詳しく迫っていきます。
データは「コミュニケーションツール」
―ここからは実際に、導入するクラブのスタッフの視点に立って使い方を教わっていこうと思います。
アスリートトラッキングシステムは、どちらも「OpenField」という名前が付いているものの概念的に2つのソフトウェアを使用します。1つはWindows PCにインストールし、練習・試合中のリアルタイム計測や、選手が身につけたデバイスが蓄積したデータを取り込む機能を持っています。もう1つはクラウドベースのWebアプリで、分析作業を行うものです。
リアルタイム計測を行うアンテナ。机と電源、PCがリアルタイム計測における基本セット。
―計測前には、どのような準備が必要なのでしょうか?
まず、計測するピッチ付近でアンテナを立て、デバイスと接続します。各デバイスの番号と、実際に身に着ける選手をしっかりと紐付けておかないといけません。PCを使い、1番のデバイスはA選手、2番はB選手…といったタグ付けを行います。次に、選手が走り回るピッチを設定するのですが、4隅にGoogle Earthを利用してピンを打つことでマッピングができます。室内などマッピングが難しいエリアもありますので、その他に専用のビーコンを隅に設置してマッピングすることもできます。
ピッチの設定。世界中どこでプレーしても計測できるよう設計されている。
―プレー中にも何か作業が必要でしょうか?
準備が終わったあとは、実際のトレーニングメニューや試合に合わせて、流れていくタイムライン上にさまざまなタグを作っていくことで、そのタグ内で時間帯ごとの選手のパフォーマンスを自動で計測していきます。あらかじめタグは設定しておくことができるので、ほとんど手間はかかりません。タグは時間帯だけでなくデバイスにも打つことができるので、例えばDFの選手だけを取り出してパフォーマンスを比較することもできます。リアルタイム計測をする場合、2次元のピッチを動き回る選手たちが見られるので、戦術分析にも利用することができます。
設定したピッチを動き回る選手たち。マークは自由に色や形を変えられて、視覚的にも面白い。
―導入された現場にはどのような変化が見られますか?
リアルタイム計測を行うことに慣れてきたクラブの場合、トレーニングの合間ごとに監督や選手が「どうだった?」とPCを覗きに来るそうです。そうしたデータを基にクラブ内のコミュニケーションが活発化することを、カタパルト社は狙っています。これによって選手個人の進歩の度合いや、戦術として最低限クリアしなければならない基準をクラブが正しく認識し分析することが可能となっていきます。
―リアルタイムでない分析はどのように行うのでしょうか?
計測されたデータは全てクラウドへアップロードし、クラウド版のOpenFieldで分析します。「動きの量」「動きの強度」がサマリー表示されるダッシュボードがトップ画面となり、スタッフが簡単にパフォーマンスを把握できるようにしています。そこから分析担当は選手個人ごと、ポジションごと、チーム平均など、様々な切り口で見ていく作業を行います。ダッシュボードにはデフォルト設定があるのですが、クラブの戦術などによって最適な基準は様々ですので、自由にカスタマイズできるようになっています。
動きの量、強度といったデータがダッシュボードに表示される。カスタマイズは自由自在。
越えるべきコスト・人材のハードル
―導入の際、よく課題となっていることは何でしょうか?
コスト面のハードルがあります。デバイス無償交換サービスやライセンス費も含まれるため買い切りでなくレンタルをお薦めしていますが、練習や紅白戦で全選手に身に着けてもらうには30台程度が必要で、トップモデルだと1年で500万円ほどかかる計算です。もちろん1台からの導入でもよく、ポジションごとに使い回したり10台程度を導入しレギュラー選手に着けてもらうなど工夫しているクラブもあります。ただ、ある程度継続的に計測することで分析が効果的になる側面もあるため、試合の1週間前からレギュラー想定の選手に着けてもらうようにすると、他の選手のモチベーションが下がってしまう、ということもあるようです。
―導入後の課題もありますか?
人材の不足も大きな課題です。OpenFieldはリアルタイム計測機能が売りの1つですが、Jクラブで実際に現場活用できているのはまだ柏レイソルと京都サンガFCくらいと聞いています。それは毎回の練習・試合時にPCやデバイスをセットアップし、リアルタイムに選手や監督に効果的にフィードバックする、というスキルを持った人材が不足していることも原因の一つです。
日本ではリアルタイム計測まで行えるクラブにはまだ限りがある。
データ分析の今後、カタパルト社の今後
―今後の展望について教えてください。
まず、このアスリートトラッキングシステムを活用できるようになるための教育プログラムの開発に取り組んでいます。日本はまだデータ分析への関心が低いと感じますが、大学生を中心にこの分野で活躍できる人材を育てていきます。ここで学び、各クラブで活躍してくれたら嬉しいですね。
―現在はコスト面の課題もありトッププロの利用がほとんどだと思いますが、私たちのようなアマチュアも分析システムを使えるようになりますか?
はい、現在はアスリートトラッキングシステムの利用はほぼトッププロに限られていますが、学生サッカーや草サッカーのようなアマチュア層にもっと使ってもらえるようにしたいと思っています。データを身近に感じ、自分とトッププロのパフォーマンスを比べることができる、そんな世界を作りたいです。そのために安価なデバイスの開発・普及にも取り組んでいて、近いうちに日本にも展開したいと考えています。(カタパルト社は2016年7月に低価格GPSデバイスを作るアイルランドのベンチャー、PlayerTek社を買収しました)
いつか、私たちのような草サッカーを楽しむアマチュア選手たちも当たり前のようにデバイスを身に着けるようになり、日本中の選手たちのパフォーマンスが評価される。そんなシステムの中から、日本サッカーの未来を背負って立つ選手が見出されるかもしれません。そんな未来は意外とすぐそこまでやってきている、と感じたインタビューでした。
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