アメリカの高校野球:安全に野球を楽しむための工夫とは -日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動その20

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アメリカの高校野球:安全に野球を楽しむための工夫とは -日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動その20

スポーティ

日本と同じように、あるいはそれ以上に、米国では高校の課外活動としてのスポーツが盛んです。部活動はスポーツをする貴重な機会を生徒たちに与えてくれます。部活動を通して、かけがえのない一生の友人を作った人も多いでしょう。その一方で、「ブラック部活」という言葉に象徴されるように、長時間の練習や顧問教員の超過労働など、様々な弊害も生じていることが指摘されています。

私は2017年からカリフォルニア州オレンジ郡にある私立高校でクロスカントリー走部の監督を務めています。さらに2020年からは同じくオレンジ郡にある別の公立高校で野球部のコーチにもなりました。米国での部活動スポーツが実際にどのように行われているのか、現場から見た様子をご紹介します。

前回記事>>日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動-PART19-

一年中野球ができることの功罪

保護者の観戦もレイドバックした雰囲気

アメリカではスポーツ部活動はシーズン制で行われていて、高校までは複数のスポーツを経験することが一般的なのですが、カリフォルニア州の野球にだけ話を限定すると、少しだけ事情が異なってきます。もちろん、この地の野球部員であっても、アメリカン・フットボールやバスケットボールなど他スポーツをやる生徒もいますが、その一方で1年中野球しかやらないという球児もかなりの割合になるからです。

秋、冬、春と分けられたシーズンのうち、高校野球は春のスポーツということになっています。2月から4月末くらいまでの3か月が公式リーグ戦、5月はプレーオフのトーナメントというのが大体の流れです。しかし、それ以外のオフシーズンも野球部はずっと練習とリーグ戦を行っているのです。私がコーチの一員として所属している高校チームを例にしますと、1年間のうちで練習をしない時期はすべての高校スポーツの活動を禁止される6月下旬と冬休みのそれぞれ2週間ずつだけです。

カリフォルニア州はなにしろ気候が温暖なので、1年中野球を行うのに支障がまったくないのです。そのせいもあり、全米でメジャーリーガーを最も多く輩出している州でもあります*¹。

*¹: MLB PLAYERS BY BIRTHPLACE DURING THE 2022 SEASON
https://www.baseball-almanac.com/players/birthplace.php?y=2022

2022年、米国生まれのメジャーリーガーは1,057人、そのうちの236人がカリフォルニア州出身でした。2位のフロリダ州が116人、3位のテキサス州が98人ですので、どれだけカリフォルニア州が突出しているかが分かるでしょう。1チーム平均8人(メジャーリーグは30球団で構成)のカリフォルニア州出身者がいる計算になります。

無理なく野球を続けるための工夫

試合前に行われる国歌斉唱

野球に限らず、アメリカのスポーツは試合数が多いことが大きな特徴です。練習の成果を試合で試すというよりも、試合経験を積みながら練習で調整するという考えに近いような気がします。1学校内で選手をレベル別に3チームに分け、それぞれが試合を行います。基本的に補欠というものは存在しません。

前述した通り、カリフォルニアの高校野球ではオンシーズンでもオフシーズンでも1年を通して毎週のように試合があります。それもプレーオフを除き、勝ち抜きトーナメントの形をとることはなく、そのほとんどがリーグ戦です。つまり、勝っても負けても次の試合があります。大体は週に2試合、ときには3試合が組まれることもあり、高校生でも1年に50試合以上プレイすることは珍しくありません。

そうなりますと、私たち大人の立場から最も気をつけなくてはいけないことは、精神的な燃え尽き症候群と身体的な故障から生徒たちを守ることです。とくに複数のスポーツをしていない球児たちにはより一層の注意が必要です。

そのためにカリフォルニア州高校スポーツ連盟(CIF – California Interscholastic Federation)の下で行われる高校野球はプロや大学のそれとは少し異なる形で行われています。

まず、すべての試合は7イニング制です。当然ながら、9イニング制より試合時間は短くなります。2時間以内で終了する試合も少なくなく、生徒たちの体力も集中力も途切れなくて済みます。放課後に試合開始しても日没までに終了しますので、生徒たちが授業を抜けることも最小限に留まります。学業との両立という意味でも、理にかなったルールだと思います。

競技レベルごとにリーグが分けられていることも野球というゲームを楽しむことに役立っています。前年度の戦績を基に、全部で9つもの部門に各校が振り分けられていて、リーグ戦は同じ部門同士で行います。従って、強豪校と弱小校が対戦することはありません。極端な大差がつく試合はゲームの楽しみを奪うと私は考えていますので、このやり方に賛成です。

成長度に考慮した投球数制限ルール

投手の健康には細心の注意が払われる

身体面に目を向けると、野球というスポーツで最も注意するべきは投げ過ぎによる肘の故障です。プロの投手がトミー・ジョン手術を受けることがよくニュースになりますが、実はこの手術が必要になるティーンエイジャーはそれよりはるかに多いのです。

野球のボールを思いきり投げるという動作はそれだけ肘に負担がかかるということなのでしょう。とくにまだ成長過程にある少年たちの軟骨は大人のそれよりもはるかに弱いので、故障しやすいようです。

従って、1日に投げる最大投球数を制限することに加えて、次に投げる日まで間隔を設けることが重要になります。

CIFが設定している投球に関するルールは以下の通りです。

• 1週間内にひとりの投手が登板できるのは30アウト、あるいは3試合以下
• 1試合の投球数は最大110球まで
• 投球数に応じて次試合まで開けなくてはいけない間隔が決められる(例:30球以上で中1日、50球以上で中2日)

上のルールはVarsity と呼ばれる学校を代表チームとそれ以外の低学年チームに分けて、さらに細かく設定されています (下図参照)。

■1試合で許される投球数

レベル
最大投球数
必須間隔 0日
必須間隔 1日
必須間隔 2日
必須間隔 3日
代表チーム
110
1~30
31~50
51~75
76+
低学年
90
1~30
31~50
51~75
76+

子どもの成長ペースはひとりひとり異なりますが、やはり代表チームに入るのは高学年が多く、それ以下のチームは低学年がほとんどです。同じ高校生とは言っても、15歳と18歳を同じように扱うこと自体に無理がありますので、この区別はレベル別ではなく年齢別にしてもよいのではないかと私は考えています。

いずれにしても、このルールではチームはシーズンをひとりの投手に頼ることはできません。1チームに15人ほどの選手がいるとして、そのなかの少なくとも5人くらいは投手としてマウンドに立つ経験を持つことができます。ひとりの突出した投手の健康を守ることにもなり、それ以外の多くの選手に出場機会を与えることにもなるわけです。

野球はゲームであり、ゲームは楽しくあるべきだ

日本の高校野球ファンがカリフォルニアで行われている高校野球を見ると、あるいは「ゆるい」という印象を受けるかもしれません。負けたら終わりという緊張感や悲壮感に乏しく、試合にかける懸命さも目盛りが低いように見えますし、実際のところ現場に立っている私もそう思います。

それでも、ひとりひとりの選手がなるべく多くの出場機会を持つことができるという1点において、私自身はこちらの高校野球のあり方を概ね肯定しています。

「野球はゲームであり、ゲームは楽しくあるべきだ」とは1992年公開の映画『ミスター・ベースボール(Mr. Baseball)』で、日本にやってきたメジャーリーガーが高倉健さん演じる日本人監督に向かって言ったセリフです。プロとアマチュアの違いはあっても(あるいはプロでさえ)、私は野球を指導する際に忘れてはならない言葉だと思っています。

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