ハイブリッド・アスリートを目指すための「分離型」アプローチ
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ハイブリッド・アスリートを目指すための「分離型」アプローチ
唐突ですが、船木誠勝さんは偉大だと思うのです。パンクラスの創始者であり、ヒクソン・グレイシーとも戦いました。日本の総合格闘技の黎明期におけるパイオニアのひとりです。
と言っても、プロレスや格闘技に詳しくない人には「なんのこと?」かもしれませんが、それでもフィットネスやトレーニングの分野に興味がある人なら、先駆者として覚えておくべき名前です。
船木さんが自身初の著書『ハイブリッド肉体改造法』(https://amzn.asia/d/07pMqaaI)を世に問うたのは1996年。今から30年も昔のことです。身体作りのための食事とトレーニング方法を一般向けに解説したものですが、そこで強調されていたのがタイトルにもある「ハイブリッド」(異なる複数の要素を組み合わせてひとつの物を作り上げる)という概念でした。
ハイブリッド・アスリートとは
現在、世界のフィットネス分野ではこの「ハイブリッド」が流行のキーワードです。クロスフィット、スパルタン、そしてHYROXなど、複数の異なる種類の運動を一度に行うスポーツの人気が高まり、そうした競技に取り組む人を「ハイブリッド・アスリート」と呼びます。
これらの競技では、「走る」「持ち上げる」「運ぶ」といった異なる能力が同時に求められます。そこで結果を出すためには、筋力、持久力、スピード、敏捷性といった複数の運動能力をバランスよく備えた身体を目指す必要があります。
しかし、人が1日にトレーニングできる時間も体力も限られていますので、効率の良い方法がさまざまに研究されてきました。たとえば、クロスフィットでは伝統的にひとつのクラスを1時間と定めて、それをさらに分けて複数の要素に取り組む方法がとられてきました。よくあるパターンは、前半に重量挙げで最大筋力と瞬発力を鍛え、後半にスタミナ向上を目指した「メトコン」と呼ばれる複合型ワークアウトを行う、といった流れです。
ところがここ近年HYROXにも参加するクロスフィッターが増えるにつれ、従来の方法に疑問を抱く人々が現れました。とくにトレーニングでも本番と同じように複数の要素を組み合わせるべきかどうかが見直されてきています。その中で注目されている方法が、「4-2-1」トレーニング・サイクルというアプローチです。
「4-2-1」トレーニング・サイクルとは何か

「4-2-1」とは、1週間のトレーニングを以下のように分けるスケジュール法です。
- 4日:筋力トレーニング
- 2日:心肺系トレーニング
- 1日:可動域・柔軟性トレーニング
つまり週7日間休みなくトレーニングを続けるというわけですが、最大の特徴は、「1日のトレーニングではひとつの要素に集中する」ことにあります。競技本番では混ざる要素を、トレーニングではあえて分離するという発想です。
たとえば、下のような週間スケジュールを組みます。
- 月:筋力トレーニング・上半身(ベンチプレス、ショルダープレスなどプッシュ系)
- 火:筋力トレーニング・下半身(スクワット、ランジなど)
- 水:心肺系トレーニング(ジョグ、水泳、自転車など、ゆっくり目のペース)
- 木:筋力トレーニング・上半身(懸垂、ローイングなどプル系)
- 金:筋力トレーニング・下半身(デッドリフト、ヒップスラストなど)
- 土:心肺系トレーニング(インターバルなど速めのペース)
- 日:可動域・柔軟性トレーニング(ヨガ、ピラティスなど)
毎日異なる要素に集中することで、身体にかかる疲労を分散させます。筋力トレーニングでは部位を分割し、それぞれの強度を維持します。心肺系トレーニングではペースを変えて、基礎と上限能力のどちらかに集中します。可動域・柔軟性は長期的なパフォーマンス向上とケガ予防の土台になります。
日替わりで身体への刺激を要素ごとに分けることで、それぞれの能力を高いレベルまで引き上げる「適応の最大化」を図るアプローチです。
混ぜないことの効果を測定した研究

ずっと以前から、トレーニング理論の3大原則のひとつに「特異性」があるとされてきました。トレーニングの効果はそのトレーニング内容にそった方向でしか高めることはできない、ということです。
だからこそ競技特性に応じた種類のトレーニング方法が選択され、そうでない方法は除外されます。重量挙げの選手は持久力を必要としませんし、マラソンランナーには敏捷性や巧緻性は求められません。
厄介なことにハイブリッド競技には多くの要素が混じっています。そのためのトレーニングも複合的でなければならないことは自明の理なのですが、限られた時間のなかであれもこれもと詰め込みすぎると、結果としてどの要素も中途半端になってしまう懸念があります。「2兎を追うものは1兎をも得ず」って諺もありますね。
そのように「混ぜない」トレーニング方法の効果を研究した興味深いプロジェクトを紹介しましょう。クロスフィットをバックボーンとする研究団体『Wod Science』が発表したHybrid 1.0およびHybrid 2.0です。
まずHybrid 1.0では、週単位での分離が試されました。あるグループは筋力トレーニングと持久力トレーニングを混合して行い、別にグループは週ごとに完全に分離する方法がとられました。
その結果、トレーニングを混合して行うグループに比べ、分離グループは約2倍のパフォーマンス向上(約15% vs 約7.8%)を示しました。比較された項目は、スクワット、デッドリフト、クリーン&ジャーク、さらに2kmロウイング、さらに「Fran」と呼ばれるクロスフィットの代表的なワークアウトなど、多岐に渡りました。分離グループはそのどれにも一貫してパフォーマンスに改善が確認されたとのことです。
この結果は非常に示唆的でしたが、週単位での分離は現実的ではないという批判もありました。そこでHybrid 2.0では分離の単位を週から日に変えて行われました。同じく2グループ(混合・分離)を比較するものですが、同一のトレーニング内容・ボリュームを維持したまま、混合グループは同日で実施し、分離グループは別の日(24時間以上の間隔)で実施しました。観察期間は8週間です。
ここでも、分離グループの方が混合グループよりパフォーマンス向上率が高くなることが確認されました。とくに特に持久系(コンディショニング)の伸びが顕著でした。筋力も両グループで向上しましたが、分離グループの方がわずかに優位でした。
Hybrid 2.0の詳しい方法や結果はWod Science のInstagram(https://www.instagram.com/p/DMP4L4EIKrR/)やYoutubeで紹介されています。
ハイブリッド 2.0: CrossFit をトレーニングするより良い方法はあるでしょうか?
クロスフィットの伝統は変わるか
HYROXの人気が高まっていますが、そのトレーニングはクロスフィット系のジムで行われていることが多いと過去の記事で紹介しました。
関連記事:HYROX専門ジムでトレーニング体験。クロスフィットと何が違う?
同じ場所で同じ人が指導するわけですので、どうしても同じようなクラスの流れになります。走って、そのすぐ後にダンベルを挙げて、また走って、といった具合です。その組み合わせは毎回異なることがクロスフィットの大きな特徴であり、多くの人を惹きつける魅力でもありました。
しかしどうやらその「日替わり弁当」的な形式は必ずしも最善の結果をもたらすものではないようです。むろん従来の方法が完全に否定されたわけではなく、それ以外の選択肢もあり得るよ、という話なのですが、はたしてクロスフィットはそれを受け入れて、変わっていくのでしょうか。
これはサービスを提供する側だけの話ではなく、サービスを受ける側の問題でもあります。日によって集中する要素を変えるプログラムは、会員が毎日のようにジムに来ることを前提としているからです。たまにしかトレーニングしない人には、やはり一度に複数の要素をカバーする従来の方法が適しているでしょう。

