喜びと悲しみに包まれたボルタ・ア・ポルトガル2026
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喜びと悲しみに包まれたボルタ・ア・ポルトガル2026
8月5日から8月16日の日程で、ポルトガルが舞台となる11日間の自転車レースであるボルタ・ア・ポルトガルが開催されました。ポルトガルの各地が舞台となるこのレースは、比較的小さな自転車チームにとって、ステージレースを経験する貴重なチャンスになります。このレースの様子をレポートします。
TOP写真:最終ステージ終了後の表彰台にて。総合優勝したアレックス・ギウリン選手(アニロール/カンピカルン)が優勝トロフィーを掲げる。Photo by Yukari TSUSHIMA
ポルトガル各地がレースの舞台に
第1ステージのスタート地点・ロウレーニャにて。恐竜に見守られながら選手が入場。Photo by Yukari TSUSHIMA
毎年ボルタ・ア・ポルトガルでは、ポルトガルの首都・リスボンと、ポルトガル第2の都市・ポルトの近辺を舞台にして日々のステージが開催されます。しかし、今回は南部のアルガルベ地方やスペインとの国境沿いのアレンテージョ地方がスタート・ゴール地点となりました。
第1ステージのスタート地点となったロウレーニャは、恐竜の町として有名で、町の周辺ではいまだに化石が発見されています。町の中心部にあるロウレーニャ博物館の入り口には恐竜の骨のレプリカが飾られており、その博物館内部には化石研究のためのラボラトリーがある、本格的な研究もしている恐竜の町です。
第5ステージのゴール地点・アゲダ。Photo by Yukari TSUSHIMA
また、第3ステージのスタート地点となったべジャはアレンテージョ地方の町で、今年のボルタで最も気温が高い日のスタート地点となりました。この時期のポルトガルは基本的に内陸に行くほど、夏の気温が上がります。この日のステージは気温が35度を超える中でのレースとなりました。
第5ステージの個人タイムトライアルでゴール地点のアゲダは、昨年のボルタ・ア・ポルトガルでもスタート地点となった町です。空を埋め尽くすカラフルな傘がつくる日陰の中を、選手たちが高速で走り抜けました。
最後の主役は、地元出身のルイ・オリベイラ選手
プロ初勝利を飛び上がって喜ぶオリベイラ選手。Photo by Yukari TSUSHIMA
最終日のゴール地点は、ポルトの中心地・アリアードにあるポルト市庁舎の目の前でした。そして、この日の最終日のステージで優勝したのは、地元出身のルイ・オリベイラ(UAEエミレーツ)でした。
実はポルト市内でボルタ・ア・ポルトガルが終わるケースは意外と少なく、86回の歴史の中でわずか10回だけ。また、一番最近ポルトが最終ステージのゴール地点となったのは、2019年のことでした。
こうした背景があるため、オリベイラ選手にとって、この最終ステージは今年のボルタ・ア・ポルトガルで一番勝ちたいステージになっていました。ちなみに、第9ステージ終了時点でオリベイラ選手はすでにポイント賞のジャージを獲得していましたが、今年のボルタでのステージ優勝はまだありませんでした。
プロトンが第10ステージのゴールまで200mの地点にかかった瞬間、ゴール裏でシャッターチャンスを狙っていたポルトガルのフォトグラファーの間から「ルイ!」「ルイだ。」「ルイが来た。」という声が上がり、同時に観客から地響きのような歓声が沸きあがります。そして、その数秒後にオリベイラ選手が勝利のガッツポーズを披露することになりました。
レース後の表彰式では何度もジャンプして、喜びを表現していたオリベイラ選手。実はこの日の勝利が彼にとってプロ生活最初の勝利でもありました。
フランス人のアレックス・ギウリン選手が総合優勝
最終ステージでゴールする総合優勝者のアレックス・ギウリン選手(写真左)。その隣にはアルテム・ニッチ選手の姿が。 Photo by Yukari TSUSHIMA
念願のステージ優勝を果たしたオリベイラ選手が主役となったボルタ・ア・ポルトガルの最終ステージでしたが、今年このレースを総合優勝したのはフランス人のアレックス・ギウリン選手(アニロール/カンピカルン)でした。
山岳の2ステージでステージ優勝したこともあり、クライマーとしての実力を十分に発揮した上での総合優勝と言えるでしょう。しかしレース中、彼の隣には常に昨年のこのレースの優勝者であるチームメイトのアルテム・ニッチ選手の姿がありました。2024年と2025年のボルタ・ア・ポルトガルで総合優勝をしたニッチ選手は、このボルタをもっともよく知る選手の一人です。
ワールドツアーチームであるUAEエミレーツが今回ボルタに参戦したことにより、彼らの所属するアニロール/カンピカルンは苦しい総合争いになると予想されましたが、ニッチ選手をはじめとする選手たちの活躍により、3年連続でこのボルタを総合優勝することになりました。
フィナレイ・ターリング選手の事故死
第1ステージスタート前のNSN Developing Teamのチーム写真。右から2番目がターリング選手。Photo by Yukari TSUSHIMA
今年のボルタの第8ステージで、フィナレイ・ターリング選手(NSN Developing Team)がレースに侵入してきた車にひかれて、亡くなりました。
亡くなったターリング選手は19歳という若さだったこともあり、同チームの選手をはじめとするチームスタッフはもちろん、レースオーガナイザーを含めて、プロトン全体が悲しみに包まれました。
ターリング選手が所属していたNSN Developing Teamは選手やスタッフへのショックを配慮して、レースを第8ステージで撤退しました。また、レースオーガナイザーは翌日第9ステージのスタート前に追悼会を開催しました。加えてレースオーガナイザー加えて喪章を作成し、レースで働くスタッフや報道関係者はその喪章を身に着けて、今年のボルタ・ア・ポルトガルの最終ステージを迎えました。
レース中、大会関係者に配られた喪章。Photo by Yukari TSUSHIMA
レース中に事故などで選手やスタッフが亡くなると、そのチームはもちろん、他の参加チームにも大きなショックを与えます。今回のターリング選手の事故死は自転車レースでの選手の安全確保について、今まで以上に切羽詰まった厳しい議論を生み出すことになりました。

