女子サッカーを文化にするために カナダW杯決勝の衝撃から学べること 第1回 サッカーが好きなドイツ人、女子サッカーが好きなアメリカ人

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女子サッカーを文化にするために カナダW杯決勝の衝撃から学べること 第1回 サッカーが好きなドイツ人、女子サッカーが好きなアメリカ人

スポーティ

完敗。

2015年7月5日、バンクーバー・BCプレイスの観客席にいた筆者は、衝撃的な光景をただ呆然と見つめることしかできませんでした。

女子W杯カナダ大会決勝 日本女子代表(なでしこジャパン)vsアメリカ女子代表。皆さんもご存知の通り、なでしこジャパンは試合開始からわずか16分で4失点を喫し、2-5で敗れました。予想外の大敗にショックを受けた方もいらっしゃるかもしれませんが、筆者が衝撃を受けたのは試合結果だけではありません。それ以上に大きな“敗北感”をもたらしたのは、スタンドから感じる圧倒的なアメリカ女子サッカーの“文化力”です。

女子ワールドカップカナダ大会決勝から、早2ヶ月が経とうとしています。東京オリンピックまでは5年、リオオリンピックまでは1年をきり、なでしこジャパンは東アジアカップで、その一歩を踏み出しました。再び日本が世界の頂点に立つために、日本の女子サッカーを“文化”にするために。競技レベルだけでなく、文化レベルでもアメリカと肩を並べるために。あの日の“完全なる敗北”から何を学べるのか、自分自身の備忘録も兼ね記しておきたいと思います。

サッカーが好きなドイツ人、女子サッカーが好きなアメリカ人

サッカーでは、サポーターのことを“12番目の選手”と呼びます。グラウンドで戦う11人を声で鼓舞したり、ブーイングで相手選手にプレッシャーをかけたりと、観客も試合を作る重要な要素のひとつだと考えられています。

この日バンクーバーに駆けつけたアメリカの“12番目の選手”は約5万人。延長、PKにまでもつれこんだ前回のドイツW杯、1-2でアメリカが競り勝ったロンドン五輪と、決勝の舞台で好ゲームを繰り広げてきたライバル同士の対戦に、スタジアムは試合前から大きな期待感に包まれていました。

「USA!USA!!」。地鳴りのような大合唱を追い風に、アメリカの選手たちは躍動。開始3分に先制点が決まると観客は総立ちとなり、地鳴りはさらにそのボリュームを上げます。失点するたびに集まって声を掛け合うなでしこジャパンでしたが、「歓声で、声はほとんど聞こえていなかった」と帰国後ある選手が明かしてくれました。一方先制点と大歓声に勢いづくアメリカは、わずか16分間で試合を決定づけます。

思い起こせば、なでしこジャパンが世界の頂点に立った前回大会も、決勝のチケットは完売。大会の総入場者数は845,711人(1試合平均26,428人)で、さすがは女子サッカー強豪国のドイツだと感心した記憶があります。ドイツと日本が対戦した準々決勝も、ヴォルフスブルクのスタンドはほぼドイツ人で埋め尽くされ、運営スタッフまでもがドイツを応援する完全アウェイ状態でした。

敵の数だけ見れば、ドイツもカナダも状況は変わりません。しかし12番目の選手の“性格”は全く異なるように感じました。そしてその違いこそが、アメリカ女子サッカーの強さなのだとも。

見た目にも分かる違いが、観客の男女比です。ドイツW杯のスタンドは圧倒的に男性が多かったのですが、BCプレイスで目についたのはサッカーをしているであろう少女たちとその家族。決勝前日のスタジアム周辺の公園では、アメリカ女子代表のユニフォームをまとった少女たちがボールを追いかける姿を多く見かけました。

少し古いデータになりますが、2001年に行われた『日米女子サッカーリーグの観戦者調査(平川澄子/女性のトップスポーツリーグの観戦者特性に関する日米比較研究)』によると、アメリカのプロリーグ(WUSA)観戦者の62.1%が女性であり、日本のトップリーグ(Lリーグ)の29.3%と比べ女性の割合が非常に高いという結果になりました。

日本では40.2%が1人で来場していたのに対し、アメリカでは94.2%が家族や友人と来場しているという結果も、BCプレイスの観客層と一致します。ドイツのデータはありませんが、前回大会の観客から分析するとドイツの観客層は日本に近いと考えられます。

加えて「男子サッカーと女子サッカーのどちらが好むか」という質問には、アメリカ女子サッカー観戦者の73.8%が「女子サッカーを好む」と答えています。日本のリーグ観戦者で「女子が好き」と答えた人はわずか14.9%。いかにアメリカで“女子サッカー”が愛されているかが分かります。

日本やドイツの観客を“女子も男子も観る、サッカー全般が好きなファン”とするならば、アメリカ人は“女子サッカーが好きな12番目の選手”と、その質の違いを表現できるでしょう。

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なぜアメリカでは女子サッカーがこれほど愛されるのか?

アメリカの観戦者は、65.7%がサッカー経験者と言われています(平成10年度プロフェショナルスポーツ研究助成報告書第3号/筑波大学大学院修士課程体育研究科)。

2006年にFIFAが発表した『Big Count2006』によると、女子サッカー選手の登録数は、

  • 1位 アメリカ 167万人 (男子251万7,000人)
  • 2位 ドイツ 87万1,000人 (男子 543万8,000人)
  • 11位 日本 4万6,000人 (男子 100万人)

アメリカの女子サッカー選手の数は、実に日本の約36倍。アメリカには日本の男子選手の数を超える女子選手がいるというから驚きです。選手数の違いだけを見れば、W杯2大会連続、ロンドン五輪を含めると3大会連続でアメリカと決勝を戦うなでしこジャパンが、むしろ驚異的に思えてきます。

はじまりは「Title IX」

ではなぜアメリカで女子サッカーがこれほどのプレーされるようになったのでしょうか。最初のターニングポイントとなったのは、『Title IX(タイトルナイン)』の制定です。

『Title IX』は1972年に制定された「教育現場における男女の機会を保証する法律」。スポーツ活動における男女平等を保証するこの法律の施行により、アメリカでは女性がスポーツをする機会が劇的に増加します。その中で女子サッカーは、FiveThirtyEight.comのスポーツライター、ベンジャミン・モリス氏の言葉を借りれば「狂ったように成長」します。

法律の施行前、大学のスポーツ奨学金(スカラシップ)の大半は、4大スポーツ(アメリカンフットボール、バスケットボール、野球、アイスホッケー)を行う男子学生に与えられていました。『Title IX』により、学生全体の男女比に応じてスポーツ奨学生の男女比を配分しなければならなくなった大学は、女性スポーツの奨学生を増やす必要に迫られ、各大学で女子サッカーが盛んに行われるようになります。

NCAA(全米大学体育協会)1部に所属する大学には1校あたり14人、2部には9.9人分のスカラシップの授与が認められており、恵まれた環境でサッカーに取り組むことができることも、アメリカ女子サッカーの強さの一因と言えます。現在では短大を含めると約1400校で36万人の大学生がプレー(日本は89大学、1756人)。実際にカナダW杯代表の全員が大学サッカーの経験者です。

大学での女子サッカーの充実に伴い、スカラシップを目標にする中高生のプレーヤーも増加します。NFHS(米国州立高校連盟)の『競技者数調査』によると、1971年の高校女子サッカーチーム数は28、競技者はわずか700人(男子2,290チーム、78,510人)。それが『Title IX』が制定された翌年の1973年には409チーム、1万人に急増します。アメリカがW杯初優勝を飾った1991年には、チームは4,490に、選手数は12万人に達します(男子6785チーム、22万人)。わずか20年で、女子サッカーは高校生に人気があるスポーツの第5位にまで急成長していきます。

高校女子サッカー競技者数調査

さらに1991年W杯で初の世界一に輝くと、その人気は加速します。自国開催となった1996年のアトランタ五輪で金メダルを獲得、1999年のアメリカ女子W杯でも優勝すると、競技人口は1991年からの10年間で約2.5倍に急増します。

アメリカが代表チームの人気をこれほどダイレクトに競技者の増加に結びつけられたのは、『Title IX』により大学などの競技環境が充実し、代表選手にあこがれてサッカーを始めた少女たちが“続けられる”受け皿が整っていたからに他なりません。

日本でも2011年のドイツW杯優勝を機に女子サッカーの人気が高まりましたが、大学や中学・高校の女子サッカー部の数は少なく、4年経った今でも受け皿が十分整っていないのが現状です。実際に何時間もかけて練習に通い、中学や高校進学時に親元を離れサッカー留学せざるをえない選手も少なくありません。

中学・高校時代片道3時間かけ練習に通っていた、なでしこジャパンの宮間あや選手は、W杯の帰国会見の席で「今サッカーを始めようとしている少女たちや頑張っている選手が、最後までサッカーができるように、女子サッカーが文化になっていけばいいと思う」と環境改善を訴えました。選手の努力に頼るだけでなく、選手が競技に集中できる環境を整えていかなければ、なでしこジャパンが世界一であり続けることは難しいと、決勝での“敗北”は教えてくれました。宮間選手もBCプレイスのスタンドを見て、同じことを感じたのかもしれません。

『Title IX』の恩恵を最大限に受け、急成長を遂げた女子サッカー。さらにその人気を決定的にしたのが99年のアメリカ女子W杯と言われています。次回は、アメリカ女子サッカーが“文化”となった最大の転機、99年のW杯についてお話したいと思います。

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