モトクロスMC柳本曙光さんに聞く「モトクロスの魅力」
WATCHモトクロスMC柳本曙光さんに聞く「モトクロスの魅力」
選手として全日本モトクロス選手権に参戦経験があり、現在はレースMCとしてモトクロスの魅力を伝えている柳本曙光さん。
MC、ライダー、運営など様々な角度からみたモトクロスの魅力を柳本さんが経歴と合わせて語ってくれました。
ごく自然に始めたモトクロス
ーーモトクロスを始めたきっかけを教えてください。
はじめたきっかけは、両親がやっていた影響です。父は車のレースがメインで、優勝するなど速かったそうです。モトクロスは遊び程度にやっていました。母はバイクに乗りたくてモトクロスを始めて、2人は河川敷で出会ったそうなんです。そんな2人の間に生まれたので、私も自然の流れでモトクロスを始めました。
ただ自分は運動が苦手なので自発的にバイクに乗りたいと思ったことがなくて。それより家で漫画読んでる方が好きなんです。中学の時は普通に部活をやりたくてバイクに乗りたくなかったのですが、それでも結果的には全日本モトクロス選手権に出場していました。
ーープロとしてレースに参戦することになったきっかけを教えてください。
明確にはないですね。レディースだとライセンスさえあれば誰でもプロを名乗れます。だから個人的には自分のことを一般的な意味での「プロ」とは名乗っていません。最終的にアルファスリーというチームのサポートライダーとして全日本モトクロス選手権に復帰することになりますが、その時はマシンもブーツもウェアも用意してもらってレースに出ていたので、トップライダーとほぼ同じ待遇で走らせてもらっていました。おそらくそれが今のモトクロスのレディースで1番良いレベルの待遇だったと思います。それくらいの待遇を受けてるライダーはプロライダーって世間では言われるのではないでしょうか。
ライダーとMCの両立
ーーMC業を志したのはどういう経緯だったのでしょうか?
大学卒業する年までは全日本モトクロス選手権に出ていましたが、同時に将来のことを考えていました。もともとラジオが好きで、中学生の頃からラジオのDJになるのが夢だったので、大学を卒業したらしゃべることを仕事にしたいと思っていました。
ーーアナウンサーの専門学校に行かれてたんですよね。
夢を叶えるために、大学4年の1年間にアナウンススクールの学費を貯金して、卒業したら通おうと思っていました。就活はせず、バイトを頑張って週末はレースに出る予定でした。そんな時に、事故に遭ったんです。家の真前であとハンドル一回きったら家の駐車場に着くというところで、車と接触してしまったのです。それが人身事故扱いになって、保険がおりて、事故の保険金で学費が貯まってしまったんです(笑)。せっかくお金が貯まったので、卒業を待たずに一年前倒しでアナウンススクールに行くことに決めました。恵比寿のアナウンススクールに山梨から週一で通って、平日は大学にバイト、土日は全日本モトクロス選手権に参戦していました。
ーー20代前半ならではのバイタリティですよね。そして1度目の引退がありました。
今思うと、あれだけ動けるのはあの頃だけですよね。やってよかったと思います。モトクロスとの二足の草鞋は出来ないと思っていましたし、新しい道に進みたいという強い気持ちがあったので、モトクロスは終わりにしようと思っていました。競技は成績が特別良い方でもなかったですし、決勝に出てもポイントが取れるかどうかで、予選も落ちることがありました。競技生活にこだわる理由もありませんでした。それで大学卒業後にモトクロスを辞めました。
ーーそこから全日本モトクロス選手権に復帰したのは何かきっかけがあったのでしょうか?
一回モトクロスを辞めて山梨から東京に出てきて、そのタイミングでMCの仕事をもらうようになりました。知り合いの紹介や自分が出てたレースでMCをやらせてくださいってお願いしたのがきっかけで始まったのですが、そこで知り合った人たちがマシンを貸してくれて、草レースに出させてもらうことになったんです。それが楽しくて、ローカルイベントに顔を出すようになって、そこでアルファスリーの社長と知り合いました。たまたまそのときにハスクの試乗をさせてもらいました。
ーー元々ヤマハでしたよね?
そうです。ハスクバーナのイメージをもたれるのですが、YZの方が7〜8年と乗ってる歴が長いです。その当時ハスクバーナに乗ってるライダーが少なくて、マシンの宣伝をかねて乗ってほしいと依頼されました。その時は関東戦のMCや草レースの仕事もしていて、小さい子供から大人まで知り合いがいたこともあり、宣伝とか広報的な意味合いで声をかけてもらったのが復帰したきっかけですね。
そこまでしてくれたら全日本モトクロス選手権にも出ないとなと思ったのですが、結果を出すために乗せてもらってた訳でもないんです。今ハスクバーナでレディースのトップクラスを戦っているのは久保まなちゃんですが、私の場合は、彼女のようにリザルトを出すことが目標ではなくて、ハスクバーナのマシンを広めてアルファスリーで買ってくれる人を増やすためのサポートでした。復帰した理由はトップライダーとはまた意味合いが違いました。
大怪我を経験しMC一本で活動
ーー2012年の1度目の引退から全日本モトクロス選手権に復帰したのは5年後の2017年ですね。復帰2年目の2018年に大腿骨骨折という大怪我がありました。
2018年2月の関東戦で怪我をしてしまったのですが、自分がMC兼ライダーをしていたので午後からコースが無音になってしまいました(笑)。仕事を放棄して病院に行くことになったので申し訳なかったです。
ーーケガの痛みはご自身にしか知り得ないものだと思いますが、それ以外での苦痛はどういった点にありましたか?
入院生活もいろいろありましたが、周りが思ってるほど酷い怪我をしたとは思っていません。下手したら命を落とすこともありますが、今は治っていますからね。骨折に対して悲観したことはありませんでしたが、当時を思い返すと、退院して髄内釘(骨髄の中に釘を入れて固定する治療法)が入ってる状態での生活が辛かったですね。日常生活でも痛かったり、運動できなくなって体力がかなり落ちたことがしんどかったです。今は髄内釘を抜いて1年になりますし、日常生活でも支障がないから大丈夫です。怪我したことに関してはそんなこともあったね的な感じで消化できています。
ーーそれが結果的にMC業一本のきっかけになった訳ですが
アルファスリーでサポートライダーをした1年は、自分がMCをやってるレースに走らせてもらったりとかしてましたが今はそれもなくなってMC一本になりました。
ーーまた乗りたいですか?
また全日本モトクロス選手権に復帰しないの?とかよく聞かれるんだけど今は一切考えていません。アルファスリーに声をかけてもらった時はサポートライダーという待遇で、普通の人が簡単になれるものではないですし、ライダーとしてやってきてサポートライダーは夢で憧れでもありました。それが現実になった時は両親に反対されましたがやりたいと思いました。その時はMCを含めて、モトクロスに乗れる間はモトクロスに全部注ごうと覚悟を決めてやっての怪我。やれるだけのことをやって、取り組んできた中での怪我だったので、後悔はありません。だからそれが限界だったのかなと。
リザルトだけでなくハスクバーナに乗ってもらう人が増えることだったり、お店に貢献する意味でも何か残せたらと思っていました。今は両親や夫に迷惑をかけるので、今度怪我したら確実に後悔すると思います。そういう気持ちで全日本には出るべきではないと思うので復帰する気はありません。
ーー競技者から伝える側になってモトクロスの見え方は変わりましたか?
松下塾(モーターサイクルにかかわるMCを目指す人に向けて行われるワークショップ)で先輩MCの、みし奈昌俊さんから「ライダーとして走ってた経験は他のMCとは違う視線で伝えられる大きいものだ」と言われました。実際できてるかと言えば自分の経験を生かしきれてない気がしますが、モトクロスの面白さを広めたいと思っているのでSNSでの書き込みや配信などの活動もしています。
ただ当初は目標はラジオのDJということでバイク界でMCを長くやろうとは思っていなかったんです。普通のフリーアナウンサーの事務所を目指したのですが、縁がありませんでした。それでずっとモトクロスのコースにいて気付いたら7年経ってました。だからこんなに長く実況するとは思っていなかったこともあり、選手あがりのMCとして、他のMCでは伝えられないことは何か深く考えたことがなかったのですが、松下塾でアドバイスをもらって自分にしか伝えられないものもあるのかなと最近気づくことができました。
ーーMCを担当する際に大事にしてることは?
私が担当している地方選や関東戦は、基本的に将来は全日本モトクロス選手権に上がりたい選手達が中心に出場するレースなので、草レースとは違う緊張感のある雰囲気で行われます。なので地方選にくる人は緊張感のある空気作りを、草レースでは参加者が楽しむレースなので盛り上げる必要があります。それぞれの場に合った喋りを意識しています。
ーー場にあった喋りをこなすことで幅が広がって、まだ体験していないレースでも応用できそうですね。
山梨モータースポーツファンフェスティバルのようなイベントMCは初めてでしたが、渡辺一樹選手(山梨県出身のライダーで全日本ロードレース選手権JSB1000クラスに参戦中)のシーズンエンドパーティもやらせてもらったんです。それが思ったよりできたんですよね。大学3年生の時に山梨の放送局の子会社の広告代理店にインターンに行ったことがあります。当時その会社の方に喋りの仕事がしたいけど踏み出せないことを相談したら、背中を押してもらえました。これが結構自分の中で大きなターニングポイントになりました。
実はその方が今回のイベントを見にきてくれました。私が喋りの仕事をしてることは知っていましたが、現場を見るのが初めてで褒めてくれました。初めてやるMCの形式でもある程度の形にできるのは、今までやってきた経験を活かせているのかなと思いました。
これまでレースのMCしかしてきませんでしたので、それ以外のイベントのMCを急にこなせるかわかりませんでした。トークショーでは、知らないジャンルで活躍している方とも話がスムーズにできて自信になりました。
今最も必要なことはモトクロスを知ってもらうこと
ーーモトクロスの魅力とはなんでしょう?
ライダーとして好きなのはスタート直後の1コーナーです。スタートして1コーナーに入って抜けた時に前の方にいれたら最高の気持ちになります。全日本でも草レースでもスタートで前の方にいれるとその瞬間が一番好きでした。
ちょっとマニアックかもしれませんが観戦者としてはピットを見るのが好きです。ピットクルーとライダーのやりとりには注目してしまいます。レースの時にピットの人がライダーに向けてサインボードを出すのですが、何を書いてるのかを見るのが好きですね。例えば、トップを走っていたら「OK」とか「かっこいい」とかライダーをあげるようなことを書いたり、逆に追い上げてる時は「まだまだいける」と書いたりします。そこにライダーとチームの人の信頼関係が見えるので好きですね。
ーーサインボードはできるだけ端的に、短い言葉でインフォメーションしなければいけません。その一言でライダーはピットクルーの意図も感じ取らなければいけないので、信頼関係は大事ですよね。
レースは1人で走ってますが、走り出すまでにはいろんな人の助けと応援がないとできないものなので、そういうのを見ると全部詰まってる感じがして好きなんです。そこにはジャンプみたいに派手さはありませんが、せっかくコースに足を運んだ人には注目して欲しいところですね。
チェッカーを受けた時にメカも大喜びしてるところにもドラマを感じるので見て欲しいですよね。また接戦で2位でゴールして悔しがってるライダーを励ましてる姿も見て欲しいです。
ファンとの距離が近いという魅力もありますが、それは何回か足を運んでライダーと面識ができたからこそできるのであって、いきなり会場に行って、そもそもお目当ての選手がいるかもわからない状態だとファンの距離が近いも何もないので、初見で楽しんでもらうとなった時に派手さとかに目がいきがちですけど、ちょっと陰にあるメカとライダーとの繋がりとかも見て欲しいですし、私はそれを見るのが好きなんです。
ーーぱっと見1人で戦ってるように見えますが、多くの人が力を結集させて戦うのがモータースポーツの魅力ですよね。それは見えにくいものでもあるのでスポーツと認識されにくい要因の一つでもあります。
だからこそそういうところを見て欲しいです。ライダー以外の人も情熱を持ってレースに取り組んでいます。サインボードを出して大声で応援してるところとか見ると私はグッとくる。そういう応援を背負って戦ってることがわかると深みが増すと思います。
ーー最近エンデューロを体験されてましたね。他のモータースポーツに興味はありますか?
ずっとモトクロス以外に興味がありませんでした。それが毎年三宅島のエンデューロレースのMCをさせてもらってて、その時トライアルの選手が来てデモランをしてくれたんです。初めてトライアルを見ましたがカッコ良かったですね。マシンとライダーがいればショーとして成り立つのがすごくて、選手なのに自分で自分を盛り上げることができる。トライアルは機会があれば観戦しに行きたいと思いました。山梨のイベントでもいろんなカテゴリーの方と交流があったから興味が湧いてきました。
ーー日本のモトクロスに期待したいことを教えてください。
いろんな人が世界と比べたがりますよね。アメリカのAMAとかヨーロッパの世界選手権と比べて日本はこういうところがダメだと比べる人が多い気がします。でも、まず土俵が違います。アメリカとかヨーロッパとかはモトクロスが栄えていますが、日本でモトクロスはまだまだ国民誰もが知ってるスポーツという認識ではありません。選手としてだったら世界に行きたいと思うのは当然ですけど、モトクロスを盛り上げようとした時に世界と比べるのはどうかなと思います。世界を目指す選手がいて、その選手をバックアップさせる体制を作るのはライダーにとって大事なことですが、それにファンはついてくるのかっていうとどうなのかなと。
街中を歩いてる人に「モトクロス知ってますか?」って聞いたらほとんど知らないでしょう。そんな日本の現状の中で、当たり前のように国民が認識してる世界と比べても基盤が違うというか。何も知らないものの魅力を伝えたい人がいるとしますよね。その人がいきなり世界はこうですって言ったところでそもそも知らないしってなる。草の根活動、まずはモトクロスを知ってもらうところから始めないといけないのではないでしょうか。世界と比べるのはもう少し先でいいと思います。
他のモータースポーツファンでもモトクロスを観戦したことがない人もたくさんいると思いますので、そういうところにも伝えていければいいかなと思います。
ーー最後にこの先のキャリア、目指す目標を教えてください。
アナウンススクールで勉強したことはレースのMCをするにあたっては、実は何も役に立たなかったんです。だから本当に素人だったのに、MFJ新潟がやってる関東戦でMCデビューして、そこから始まってウィークエンドレーサーズと今は無くなってしまったキッズスーパークロスのMCをやらせてもらって今に至ります。何もできないのに使ってくれたMFJ新潟とKBF communications(旧ビッククルー)の責任者のふたりには感謝しています。あの時やらせてもらえてなければ何一つ広がらなかった。そういう人たちをガッカリさせたくないですし、この環境で仕事ができるきっかけを与えてくれた方々には感謝の気持ちを忘れず続けていきたいと思っています。
モトクロスの現場が好きなのでレースのMCはできる限り続けたいですし、モトクロスの魅力は発信していきたいです。自分がやってるトーク配信をみてモトクロスを見に来てくれた人と去年お会いしたんです。たった1人だけど自分が連れてこれたのがとても嬉しかったです。日本のモトクロスに期待したいことにつながりますけど、他のモータースポーツファンの方にもモトクロスを知ってもらって、実際に大会に来てもらう活動をはじめていけたらいいなと思っています。私が誰かにモトクロスを見たいなって思えるようなちょっとしたきっかけを作れたらいいなと思っています。あとはバイクとは関係のない新しい仕事(MC)もはじめてみたいですね。
あと個人的な話なんですけど5月の結婚式を無事に終えることが今1番の目標です(笑)。
編集後記
気さくに取材を受けてくれた柳本さん。ご自身の経歴から様々な角度で魅力を伝えることができるモトクロス界、モータースポーツ界において貴重な存在である彼女の言葉からはモトクロスの魅力も今抱える問題点も知ることが出来ました。
現在地方選や草レースでMCをされている柳本さんは、選手を引退した後も全日本モトクロス選手権に足を運ばれています。親しみやすくフレンドリーに接してくれる方なので、モトクロスをはじめて観戦する方や、知らないことがたくさんあるという方は、柳本さんの選手目線での解説やちょっとした豆知識など面白いお話を聴きながら観戦するのもおすすめですよ!
また柳本さんのSNSやライブ配信ではモトクロスの魅力を知ることが出来ますし、質問にも答えてくれますので、興味がある方はチェックしてみてくださいね!
INFORMATION
柳本曙光(Hikaru Yanagimoto)
所属:team ALPHATHREE
生年月日:1990.4.21
出身地:山梨県
Twitter:https://twitter.com/hii156
Facebook:https://www.facebook.com/hikaru.yanqgimoto
公式ブログ:https://profile.ameba.jp/ameba/hikarusan-dayo/