サッカーの審判は選手より走る。ワールドカップ審判に求められる走力とは

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サッカーの審判は選手より走る。ワールドカップ審判に求められる走力とは

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“Referees warm up” by Ronnie Macdonald is licensed under CC BY 2.0.

サッカーと野球は日本で人気のあるチームスポーツの双璧と言えるでしょう。日本FP協会の発表によると、2022年小学生男児がもっともなりたい職業ランキングの1位がサッカー選手、2位が野球選手だということです。

ところが、この2つのスポーツは実際にやってみると、それぞれの特性はかなり異なることが分かります。そのことは選手たちが試合中に走る距離を比較すると明らかです。

以前に「1試合で選手が走る距離をスポーツ別に比較すると見えてくるもの」という記事で、野球選手が1試合で走る平均距離は0.07km、サッカーは11.27kmという数字を紹介しました。

もちろん、上の数字はあくまで平均値ですので、選手のプレイスタイルやポジションによっては、サッカー選手より多く走る野球選手もいるかもしれません。しかし、おしなべて野球というスポーツは待っている時間が長く、その一方でサッカーは試合中ずっと動き続けることを求められるスポーツです。

サッカーの審判員がフィットなわけ

“FIFA Referees” by araizavictor is licensed under CC BY 2.0.

プレイする選手たちはもちろんですが、野球とサッカーでは審判員に求められる役割も大きく異なります。

野球は試合時間が長いスポーツで、しかも炎天下で行われることも珍しくありません。それなのに、暑苦しいプロテクターをつけて、ずっと立ち続けている審判員の人たちは本当に大変なお仕事だと思います。なにしろ、選手たちと違って、イニングごとに日陰のベンチで休むことすらできないのですから。

しかし、運動量という面で比較すると、野球の審判員はサッカーの審判員よりずっと少なくなります。

サッカーの審判員は試合中ずっと走り続けています。ある研究によると、サッカー審判員が1試合に走る平均距離は9~13kmなのだそうです。つまり、選手よりも多く走っていることさえあり得るのです。

しかも、走ると言ってもジョギングのような緩やかなものではありません。サッカー審判員が行っているのは、頻繁に方向と距離を変え、急発進と急停止を繰り返す、たいへん過酷なものです。選手と同じかあるいは上回る走力を要求されるのです。それをこなしながらも、試合の流れを読み、適切な判断を瞬時に下さなくてはいけないのですから、さぞ大変だろうと未経験者の私にも容易に想像ができます。

高齢者や肥満した人も多い野球の審判員に比べて、サッカー審判員がみな若々しく引き締まったアスリート体型をしているのは不思議なことではありません。

サッカー審判員になるための体力テスト

テストに利用させてもらった高校陸上競技場トラック

JFA(日本サッカー協会)のウェブサイトに審判員になるための体力テストの内容が記されています。

3級(都道府県レベル)、2級(地域レベル)、そして1級(JFL、J2、J1)に分かれ、それぞれのレベルで試合を担当するための資格を取得するハードルが高くなっていきます。

走力に限ると、テスト内容はシンプルなものです。40mのスプリント走、そして75m-25mのインターバル走、この2つだけです。ただその合格基準がレベルが上がるにつれて厳しくなっていくだけです。後述するFIFA(国際サッカー連盟)が審判員に求めるテストも同じ内容です。

私は今までにもアメリカ陸軍兵士FBIエージェント、そしてNBA選手に求められる体力テストの内容とその体験談をこちらで紹介してきました。今回もまた、体力だけならサッカー審判員の資格があるかどうかを自分の身体を使って試してみることにしました。

参考までに、この実験の被験者である私はサッカー選手であったことも、競技ランナーであったことも、生まれてから一度もありません。ただ走ることは子どもの頃から得意な方でしたし、大人になってからも日常的に走り続けてはいます。フルマラソンのベストタイムが3時間26分で、市民ランナーとして平均よりは少し速い程度です。短距離走も苦手ではなく、草野球のフィールドに立つと、内野安打と盗塁の山を築き、「イチロー」のヤジ(称賛?)が敵味方から飛びます。

いわば、その辺の脚自慢程度でサッカー指導員になれるのでしょうか。私の興味はそこにありました。幸い、自宅近くの高校に立派な400mの陸上競技場トラックがあり、空いた時間は誰でも自由に利用できますので、今回のテストを行うにはもってこいでした。

JFA3級(都道府県レベル)審判員

•インターバル走: 75mラン(25秒以内)+ 25mウォーク(30秒以内)x 24回

1回100mを24回ですので、合計距離は2400mです。ランとウォークの制限時間が1回55秒ですので、合計で22分。

全体の運動量はゆっくりとしたジョグとさほど変わりはありません。実際、ウォームアップがてらに2400mをキロ7分ペースで走ってみると、合計17分ほどで走り終わりました。

続いてインターバル走を実際に陸上競技トラックでやってみても、とくに大変ではありませんでした。75mを25秒というのは、さほど息が上がるというほどのペースではありませんし、30秒という時間は息を整えるために短すぎるということはありません。

左側がジョグ、右側がインターバル走の記録。ほぼ同じ合計タイムだが、インターバル走の方がやや消費カロリーと平均心拍数が高い。

JFA2級(地域レベル)審判員

•スプリント走: 40m(6.9秒以内)x 6回、1分間隔
•インターバル走:75mラン(20秒以内)+ 25mウォーク(25秒以内)x 32回

2級になると、当然ながらやや難易度が上がります。3級にはなかったスプリント走も加わりますし、インターバル走のペースは5秒速くなり、休息は5秒短くなり、そして回数は8回増えます。

スプリント走の40m、6.9秒は足が速い小学生でも可能なタイムだと思いますが(私は子どもの頃に50mを7秒台で走りました)、大人になってからある程度のスピードで短距離を走ることに慣れていない人には難しいかもしれません。

私は草野球をやっておりますので、塁間27メートルの全力疾走を日常的に行っています。そのおかげで、制限時間からかなりの余裕を持って40mラインを走り抜けることができました。1分という間隔では完全に回復まではしませんので、ある程度のスタミナも必要になってきます。

インターバル走の方もさほど苦労せずに全32回を制限時間内に走り終えることができました。私はインターバル走の方がスプリント走よりやや難しくなると思いましたが、この辺は短距離走タイプの人と長距離走タイプの人で感想は異なってくるでしょう。

左側がインターバル走の400m(4回)ごとのラップ、右側が心拍数の推移。

結論:2級審判員は普段からスピード練習をしていないと難しい

国際カテゴリー1審判員

3級、2級の体力テストを比較的楽にこなせた私はいささか調子に乗りました。1級審判員のテスト基準が上述したJFAウェブサイトに見つけられなかったのをよいことに、一気に国際サッカー連盟(FIFA)のテストにチャレンジすることにしました。身の程もわきまえず、ワールドカップの審判員になれる体力があるかどうかを試してみようと思い立ったのです。あえて説明する必要はないと思いますが、私はアホなのです。

FIFAの審判員体力テストの内容はやはり公式ウェブサイトから見つけることができました。基本的にはJFAのそれと同じ内容で、ただ要求基準がずっと厳しくなります。多分ですが、JFAの1級審判員も同じレベルなのではないでしょうか。FIFAが求める国際カテゴリー1審判員の体力テストは以下の内容です。

•スプリント走: 40m(6.00秒以内)x 6回、1分間隔
•インターバル走:75mラン(15秒以内)+ 25mウォーク(18秒以内)x 40回

40mを6秒は現在の私にとってはほぼ全力疾走に近いタイムです。それを1分間隔で6回はかなりきついワークアウトになります。

ちなみに、2回目の引退を発表したばかりのNFL史上最高のQB、トム・ブレイディがプロ入り前の運動能力テストで記録した40ヤード(約36.6m)走のタイムは5.28秒でした。QBドラフト候補としては歴史上2番目に遅いタイムだったということですが、ひょっとしたら、あと3m以上長い40mを6秒はギリギリだったかもしれません。

このスプリント走をなんとかこなして、約6~8分の休憩を挟んだ後、インターバル走に移ります。

これはさらに大変です。75mを15秒とは1キロ換算で約3分20秒、フルマラソンなら2時間20分以下のペースです。オリンピックのマラソンとか箱根駅伝とかを走るランナーたちを想像してください。休み休みとはいえ、あのペースで75mを40回、つまり3000m走るのです。

1回目のトライで、私はこのインターバル走を走り切ることができませんでした。400mトラックを2周したくらい、つまり8回目くらいで息も絶え絶えになり、それ以上ペースを維持することができなかったのです。

インターバル走に失敗し、打ちのめされた筆者

マラソンランナーでも、草野球の盗塁王でも、国際サッカー審判員になるために最低限の体力すらない。この事実は私にとってはかなりのショックでした。

ただ、私はアホなだけではなく、諦めもかなり悪いタイプです。1回目の失敗に懲りず、2週間ほどの準備期間を空けて、2回目にトライすることにしました。その間はお酒の量を控え、定期的にインターバル走を行い、下半身の筋トレは意識的に負荷を軽くしました。

こうして準備万端で臨んだ2回目のテストでは、なんとか最後まで国際カテゴリー1のペースを保つことができました。着用したアップルウォッチのデータによると、インターバル走中の平均心拍数は171bmp、最大心拍数は186bmpということでした。一般的に、最大心拍数は220-年齢の計算が用いられますので、56歳である私の最大心拍数は164bpmのはず。個人差はあるにせよ、リミッターをはるかに振り切った状態で走っていたということになります。

左側がインターバル走の400m(4回)ごとのラップ、右側が心拍数の推移。

国際サッカー審判員はこのテストを毎年クリアしないと資格を喪失するのだそうです。

そして言うまでもないことですが、サッカー審判員にとって、体力テストはあくまでも最低の基準に過ぎません。それに加えて、ゲームに関する豊富な知識と的確な判断力を備えた人だけがピッチに立っているのです。

私も含めて、スポーツ観戦者は審判のジャッジを批判することがよくあります。あるいはミスジャッジも実際にあるのかもしれません。しかしながら、少なくともサッカー審判員に関しては、私はけっして彼ら彼女らに対する敬意を忘れないようにしたいと思います。

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