冷たい雨の中のサバイバルレース ー2024年ロードレース世界選手権 チューリッヒ大会ー
WATCH冷たい雨の中のサバイバルレース ー2024年ロードレース世界選手権 チューリッヒ大会ー
9月21日から9月29日までの間、スイス・チューリッヒにて、自転車ロードレースの世界選手権が開催されました。28日に開催された女子エリートカテゴリーのレースには、與那嶺恵理選手(ラボラル・クチャ・フンダシオン・エウスカディ)が日本代表として、木下友梨菜選手(ベルマーレ・レーシングチーム)と垣田真穂選手(EF・オートリー・キャノンデール)の2選手と共に出走しました。このレースの様子を、会場となったチューリッヒの様子と共にお送りします。
TOP写真:雨と低温の厳しいコンディションのなか、日本チャンピオンジャージで力走する與那嶺選手(写真左)。Photo by Pore-Chan.
ロードレースの世界一を決めるレースは、お祭りのような雰囲気の中で
ファンゾーンの中にある子供用MTBコース。 Photo by Yukari TSUSHIMA
自転車界において世界選手権は、毎年1回開催されます。今年は9月の下旬にスイスのチューリッヒで開催されました。今年のチューリッヒ大会では、通常のロードレースとタイムトライアルの世界選手権に加えて、すべての種目のパラサイクリングの世界選手権も同時に開催されました。
約10日間の世界選手権の舞台になったチューリッヒでは、オペラハウス前にすべてのレースのゴール地点が設定されました。その周囲にはファンゾーンも設置され、入場料を支払うことでレース後の表彰式をすぐ近くで見ることができます。また、他にもチューリッヒ市内に複数個所ファンゾーンが設置され、オーロラビジョンの下で多くの自転車ファンがレースを観戦していました。
ファンゾーンの中には、フードトラックや自転車メーカーの出店などがあり、同時に子供たちが遊べるような短いMTBのコースも設置されています。また、別のファンゾーンでは毎晩コンサートが開かれるなど、レースの後でも楽しむことができるイベントが目白押しでした。
ファンゾーンの入口。 Photo by Yukari TSUSHIMA
このようにチューリッヒ市内各地でレースの前後に楽しいイベントが開催されていましたが、残念なことに世界選手権期間中は天候に恵まれない日も多かったのも事実です。9月末のチューリッヒは雨が降ると、一気に気温が下がります。それでも、比較的気温の高い昼間には、多くの人がファンゾーンに訪れ、おいしいビールを飲んだり、ホットドックを味わったりしていました。
雨と低温に苦しむ選手が続出
チューリッヒの街に入った直後の與那嶺選手 Photo by Yukari TSUSHIMA
與那嶺選手・木下選手・垣田選手の3人が出走したレースが開催されたのは9月28日。世界選手権期間中、最も気温が低い日に開催されたレースとなりました。
このレースの距離は約174㎞。スタート地点になったのは、チューリッヒからグレイフェン湖をはウステーという町でした。12時45分にこの町からスタートする時点ですでに雨が強く降り、気温も10度まで下がります。風は強くはなかったものの間違いなく厳しい環境でのレースになるであろうと、どの選手も覚悟する中でのスタートとなりました。
選手たちはレインウエアを着てスタートするも、その後気温の低さに苦しむことに。Photo by Yukari TSUSHIMA
スタートして間もなく、3人の選手が逃げ集団を形成しました。與那嶺選手をはじめとする日本人選手は、この逃げ集団から離れたメイン集団に位置しますが、雨が降り続く中で繰り返し落車が起こり、集団内で緊張感が高まります。
チューリッヒの街に入ってきた時点では、3人の逃げ集団はメイン集団に約5分ほどのタイム差をつけていました。しかし、ここからメイン集団のスピードが上がり始め、大勢の選手がいた集団が徐々に小さくなっていきます。とはいえ、この状況でも、與那嶺選手はメイン集団の後方に位置し、上位進出を狙います。
しかし、実はこの状況の中で與那嶺選手は、レースの前半から低体温症に苦しんでいました。腕や指を始め前身が攣るアクシデントに見舞われる中、それでもメイン集団に食らいつきレースを進めます。
そして、この低体温症に苦しんでいたのは、與那嶺選手だけではありません。特にメイン集団についていけなくなった選手たちのほとんどが低体温症に苦しみ、レースを途中棄権する選手が目立ち始めます。雨は降ったり止んだりを繰り返し、一方で気温は全く上がりません。そのため寒さで選手たちの表情が変わっていくのが、コースの横で観戦していてもよくわかります。
3人の逃げ集団がメイン集団に捕まったのは、スタートから約52㎞の地点でした。しかし、これでレースが落ち着く事はなく、直後にメイン集団から飛び出した選手たち11人が、新たな逃げ集団を形成します。しかし、メイン集団は実力者をそろえたオランダ代表によって引き続けられ、スタートから約80㎞地点で、2つ目の逃げ集団もメイン集団に吸収されました。
チューリッヒ市内を走る木下選手。Photo by Yukari TSUSHIMA
そして、この状況に日本人3選手も苦しみながらレースをしていました。メイン集団に位置してレースをしていた與那嶺選手は体調不良のためか少しずつ順位を下げ始め、木下選手や垣田選手も非常に苦しそうな表情を見せながらレースを進めます。
激しい雨の中、ゴールを目指す垣田選手。Photo by Yukari TSUSHIMA
レース終盤にも、メイン集団から何回か選手が飛び出そうとしますが、最終的にはゴール前での6人の選手によるスプリント合戦に持ち込まれます。このスプリントを制したのは、昨年もこのレースを勝ったロッテ・コペッキー選手(ベルギー)でした。
しかし、 先頭グループでゴールした多くの選手は疲労困憊で、中にはゴール後体が全く動か瀬ない選手も続出します。そして、このころから、一度は小降りになった雨が、再度激しく降り始めました。
土砂降りの中、次々とゴールする選手の中に與那嶺選手と木下選手の姿がありました。先頭から約20分ほどタイム差のついた同じ集団でゴールした二人には、レースを終えた安堵の表情はなく、笑顔を見ることもできないほど疲れ切っている様子でした。レース後、與那嶺選手は「前半は自分の周囲が見えないくらいの雨の中を走っていた。そのため体が冷えて、レースの中盤以降は全く体が動かなくなった。」と話しました。
ちなみに、この日のレースでは194人の選手がスタートしましたが、ゴールにたどり着いたのはわずか81人。出走選手の半分以上が途中棄権したサバイバルレースとなりました。