雨の中のサバイバルレース -イツリア・ブエルタ・アル・パイス・バスコ-

雨の中のサバイバルレース -イツリア・ブエルタ・アル・パイス・バスコ- WATCH

雨の中のサバイバルレース -イツリア・ブエルタ・アル・パイス・バスコ-

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4月中旬にスペインのバスク地方で開催されたイツリア・ブエルタ・アル・パイス・バスコ (Itzulia Vuelta al País Vasco) 。今年は雨と太陽の下での開催となりました。

今年このレースで優勝したのは、アスタナ(Astana)のヨン・イザギーレ (Ion Izagirre) 選手。16年ぶりのバスク人選手による同レース制覇となりました。今回の記事では、このレースの様子をレポートします。

TOP写真:総合優勝はヨン・イザギーレ(写真中央)選手、第2位はダニー・マルティン(左)選手。この時点での第3位はヤコブ・フルサン(右から2人目)選手でしたが、その後訂正されエマヌエル・ブッチャマン選手が第3位に。Photo by Yukari TSUSHIMA

雨の第1ステージ「決断の時」


雨の中でのタイムトライアル。緊張感が漂います。Photo by Yukari TSUSHIMA

今年のイツリア・ブエルタ・アル・パイス・バスコは、個人タイムトライアルで幕を開けました。距離は約11㎞。この日の最大の難所は9㎞地点にある、ラ・アンティグア(La Antigua)。最大斜度21%という激坂が、選手たちを待ち受けます。

そのため、途中でタイムトライアル用の自転車から通常の自転車に変えることを、レース数日前から決断する選手も数多くいました。そんなサイクリストの一人が、登り巧者のガリコイツ・ブラボ(Garikoitz Bravo/Euskadi Basque Country Murias)選手。

あの21%の坂は、(タイムトライアル用ではない)普通の自転車を使った方が、僕は速く登れる。明日は坂の前で自転車を交換するよ。


エウスカディ・バスクカントリー・ムーリアス。写真一番右がガリコイツ選手。Photo by Yukari TSUSHIMA

しかし、彼のように前もって自転車の変更を決断する選手がいる一方、スタート直前まで、この決断を保留にしていた選手も少なくありませんでした。

直前に作戦変更をした選手の代表が、ダニー・マルティン(Dani Martin/ UAE Team Emirates)選手でした。タイムトライアルのスタート前、椅子に座り数分じっくりと考えたあと、突然同行するチームカーに近づき、スタッフと短い会話を交わしました。


ダニー・マルティン選手のスタート前。Photo by Yukari TSUSHIMA

その後、彼のスタッフは車の屋根に取り付けていたマルティン選手の自転車の固定をいくつか外し、スムーズに自転車を取り外すための準備をしました。


自転車交換の準備。Photo by Yukari TSUSHIMA

レース当日は雨。しかも、時折雨脚が強くなったり、弱くなったりを繰り返し、選手のスタート時間によって路面のコンディションが変わります。そのため、スタート直前まで戦略を決めることが難しい状況だったことを示す、マルティン選手の行動でした。この難しい第1ステージを勝利したのは、マキシミリアン・サチャッマン(Maximilian Schachmann/ Bora-Hansgrohe)選手。彼は優勝インタビューでこのように応えました。


笑顔のサチャッマン選手。Photo by Yukari TSUSHIMA

レース前は最後の登りで自転車を変える予定だった。でも、現場に行ったら路面が結構乾いていることがわかってね。だからそのままのタイムトライアル用の自転車でレースを続けたんだ。その判断が今日の勝利につながったのかもしれないね。

バスク名物の雨が、最大の難関となった第1ステージでした。

悪天候と落車がもたらした「サバイバルレース」


第3ステージ、雨のスプリントを制したサチャッマン選手。Photo by Yukari TSUSHIMA

前半は雨の日が続いた今年のイツリア。バスクの山間部が主なレースの舞台であるため、気温が低い日が続きました。こうした天候では、選手たちは体力と気力を維持することが難しくなります。

こうしたコンディションのため、今年のイツリアではタイムトライアルも含めた各ステージで、落車が見受けられました。しかも大人数の選手が巻き込まれる落車が多かったことが、今年のイツリアの特徴でもありました。


最終ステージのスタート前。バーレン・メリダ(Bahrain-Merida)。Photo by Yukari TSUSHIMA

第1ステージのスタート時点でのサイクリストの数は161人。今年のイツリアを途中で棄権した選手の数は約30人。参加選手の約20%がこのレースを途中で止めたことになります。

今年のイツリアはサバイバルレースだったと言えるでしょう。

絶好調のボーラ・ハンズグロエとアスタナの「お家芸」


優勝記者会見中のヨン・イザギーレ選手。Photo by Yukari TSUSHIMA

今年のイツリアを席巻したのは、なんといってもボーラ・ハンズグロエ(Bora-Hansgrohe)。6ステージ中5ステージで優勝を飾り、リーダージャージを維持し続けました。

スプリントではサッシャマン選手が、アラッテ(Arrate)の登りゴールではエマヌエル・ブッチャマン(Emanuel Buchamann)選手がステージ優勝。そのため第5ステージ終了時点まで、リーダージャージはボーラ・ハンズグロエのチーム内で維持していたのです。


第5ステージの表彰台。サッシャマン選手(右)ブッチャマン選手(左)。Photo by Yukari TSUSHIMA

しかし、前述のとおり、前半は雨の日が続いた今年のイツリア。そのような状況でリーダージャージを守り続けることは、選手の体力をますます消耗させることにつながります。

一方、アスタナは登りに強いスペイン人選手を中心に、今回のチームを構成していました。加えてメンバーの中には、バスク人サイクリストが4人。コースを知り尽くした選手をそろえ、このレースに必勝態勢で挑んでいました。

また、アスタナにとって、レース最終日の逆転劇は「お家芸」とでもいうべき戦略の一つです。近いところでは、今年のブエルタ・アンダルシアでも、この戦略で、ヤコブ・フルサンにリーダージャージをもたらしました。

そのため、レース最終日のサイン台で、最大の注目を集めていたのは、ボーラ・ハンズグロエではなく、アスタナでした。誰もがこのチームの最終日の逆転劇を予測していたのです。


第6ステージのスタート前。Photo by Yukari TSUSHIMA

そんなアスタナの総攻撃の結果、リーダージャージはヨン・イザギーレ選手の手にわたりました。優勝後の記者会見で、ヨン・イザギーレ選手はこのように話しました。

昨日のブッチャマン選手の逃げ切り勝利は、自分としても、チームとしても予想外だった。だから、今日はチーム全員でレースをコントロールする必要があった。

16年ぶりに地元のバスク人サイクリストが勝利した今年のイツリア・ブエルタ・アル・パイス・バスコ。ヨン・イザギーレ選手の総合優勝は、アスタナの戦略によってもたらされたものでした。


Itzulia Vuelta al País Vasco スペイン ロードレース 自転車