山際和希選手インタビュー ”プロキックボクサーになるということ”

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山際和希選手インタビュー ”プロキックボクサーになるということ”

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週末ごとに各団体の大会が開かれるほど、人気が高まっている格闘技。

来る2019年9月16日(月/祝)に後楽園ホールで行われる「K-1 KRUSH FIGHT.105」に出場する山際和希選手の素顔に迫ってきました!

キックボクサーとしての一歩

ーー格闘技を始めたきっかけは?

高校時代の3年間、部活でアルペンスキーをやっていたのですが、引退してから受験勉強をしている3ヶ月くらいの間に10kg太ってしまったので、ダイエットのために運動部に入ろうと思っていました。
キックボクシング部に入部した決め手は、もともと球技は得意じゃなかったことと、見学に行った時、金髪の明るい先輩が「一年生こっちおいでよ」と優しくしてくれたことです。サンドバッグとミットを打つつもりで入部したので、まさかそこから自分がプロになるとは思いませんでした。

ーーなぜ競技として取り組むようになったのですか?

最初は明るくゆるい雰囲気だと思って入部しましたが、真剣に競技として取り組み、試合に出ている部員もいました。僕はそこまで打ち込むつもりはなかったんですが、太ってしまったといえど高校3年間のスキー部時代に鍛えていた筋肉が残っていて、全くの初心者としては強い方だったんです。それで目に留まったのか、意地悪な先輩からスパーリングの相手に指名されて、ボコボコにされたことで火がつきました。

ーーどのくらい練習していましたか?

部には特に指導者がいなかったので、大学1年の6月にキックボクシングのジムに入会しました。同学年の部員に谷山俊樹選手*¹がいて友達になり、最初は遊び友達だったんですが、ある日「うちの実家のジムにおいでよ」と誘われて行くことになったのがきっかけです。
*¹谷山俊樹選手:谷山ジム所属 2019年7月執筆現在、現役プロ選手

実は、家から谷山ジムまで1時間半もかかるので入会するつもりは全くなく、付き合いで行くだけのつもりだったんです。でも、いざ行ってみたら、当時ジムには、タイのチャンピオンがコーチとして4人いて、あの城戸さん*²がコーチにぶっ飛ばされていていたのを見て、衝撃を受けました。
城戸さんは、僕がジムに入った1年後に当時のK-1で優勝していて、日本人で3番手*³と言われているほど当時も強かったんです。1番が魔裟斗さん、2番が佐藤嘉洋さんで、その次だと。
*²:城戸康裕選手:谷山ジム所属・2019年7月執筆現在、現役プロ選手
*³:K-1 WORLD MAX 2008 日本代表決定トーナメント 優勝

僕、中学生まで、打ち込めるものが見つからずにゲームばかりしていて、高校で入ったスキー部では、結果を残せなかったんです。その悔しさがどこかで引っかかっていたのもあって、もしかしたらここ(谷山ジム)に入れば、キックボクシングで強くなれるかもしれないと感じて、その日のうちに即入会しました。

ーー実際に、入会が結果に繋がりましたか?

実は、最初こそ週に2、3回くらい谷山ジムへ通っていましたが、城戸さんがボコボコにしてくるのが怖くて、大学時代を通じて平均すると週に1回くらいしか通っていませんでした。城戸さんは本当に強くて、ジムに入って1年、2年で勝てるようなレベルではなかったんです。なので、競技を始めたばかりのときは、週に2回ほど行っていた部活の練習で身に着けた部分と、高校時代の蓄積の方が大きいかもしれません。大学2年のときには部内で一番強くなっていました。高校時代のスキー部で培った筋肉や身体の使い方、そして根性が活きました。

スキー部の練習は、本当にきつかったので、キックボクシングで、殴られたり蹴られたりしても、心が折れずに立ち向かう根性が人よりはあったのかなと。30人いた同期の部員が、夏には10人になっていましたが、僕はキックボクシングを辞めようとは思いませんでした。

ーー大学2年時にはすでに強くなっていたとのことですが、初めての試合はいつですか?

大学1年の10月です。学生キック(全日本学生キックボクシング選手権大会)で、KO勝ちをしました。このときは1試合でしたが、学生キックは1年に1回学生ナンバー1を決めるトーナメントの大会もあります。2年生のときに学校の代表に選ばれたんですが決勝で負けちゃって悔しい思いをしました。翌年の3年のときには優勝できてよかったです。


転機となった学生日本一(右から2番目)

プロとしてのスタート

ーープロになったのはいつですか?

大学3年の秋に日本一になり、その翌日にプロになることを決めました。プロとして初めて試合をしたのは、翌年の3月です。確か優勝したのが土曜日だったんですが、次の営業日である月曜日に谷山ジムに行って、「プロにならせてください」と会長にお願いしました。勢いで言ってしまった感じでした。

ーー会長はなんと返答を?

「気が早いねぇ」って(笑)。

ーーその4ヶ月後にはプロデビューですから、話が進むのも早かったのでは?

準備はできましたし、KO勝ちという結果も出ましたが、プロはグローブも小さいし、防具もないので、試合をするまでは怖さがありました。プロデビューから10年近くになりますが、今でもゴングが鳴るまでは恐怖を感じることがあります。

ーープロになってから生活や環境面で変わったことはありましたか?

学生の頃は、家賃を親に出してもらっていることもあり、お金に困ることはなかったのですが、大学を卒業してからの4年間はきつかったですね。大学4年のとき出場したプロ新人王トーナメントの決勝で負けてしまったのですが、そのとき、このままじゃ中学生までのように、何一つ胸を張ってちゃんとやったって言えるものがないなと思いました。

大学卒業後は、キックボクシングに打ち込めるよう、所属ジムのある伊勢原市に引っ越して、1日も休まずに練習しました。26歳になるまでは1日10時間くらい働いて、仕事が終わってから練習に行くという生活だったので、疲れてくたくたでした。あんまりにも休まないので、トレーナーからそんなにやらなくていいと言われてやっと休みの日を増やしました。


大学卒業1年目の2011年頃撮影された谷山ジムでの集合写真。山際選手は最右、左から3番目が城戸選手、その右が谷山選手。

ーーなぜそのような生活を続けられたのでしょう?

格闘技をやってみたことのある人ならわかると思いますが、殴られたら危ないし、怪我もするし、減量はキツイし、練習もハードで遊ぶ時間も取れない。それにアマチュアはもちろんプロになっても、最初はほとんどお金はもらえないから、リスクの方が大きいんです。割りなんて考えていたら絶対できないことですが、それでも続けられたのは、情熱。絶対チャンピオンになってやるっていう気持ちだけですね。

競技に生活を捧げる

ーー山際選手は、プロキックボクサーとしての定義はどんなことだと思いますか?

お金をもらっているということですね。ファイトマネーと、スポンサー料と。

ーーそのスポンサーはどのようにして見つけるのですか?

会社を回ったり、紹介してもらったりします。待っていても来ないので動くしかないですね。僕の最初のスポンサーは、紹介でした。自分のことを可愛がってくれているジムの先輩選手に「試合のチケットが売れません」って相談したら、その先輩を可愛がっている社長に話してくれて、そこから始まりました。
社長をしている人は、同じように社長をしている知り合いが多いので、そこから広がっていって、自分で営業の術を身に着けて、今では仕事をしなくても競技に専念できるほどになりました。あまりメディアに出ないスポーツにおいて選手個人の営業力は、必要なことだと思います。


プロのリングで戦う山際選手

ーーいつ頃からスポンサーをつけようと思ったのですか?

26歳の時にBigbangという団体でチャンピオンになったことでファイトマネーが2倍くらいに上がって、それまでしていた仕事を半分まで減らすことができました。練習や休息の時間を増やせたことでさらに調子も上がって11連勝し、国内の中でもレベルの高いK-1に初めて出場しました。3年間負けなしだったこともあり優勝できる自信があったのに、蓋を開けてみたらボロボロにやられちゃって、気づいたんです。「あれ?みんな仕事してなくない?」って。

ただじゃ起きない性格なので、K-1でボロ負けして、勝つにはどうしたらいいかを考えたら、仕事をしないで練習や回復に努めたい、そのためには時間が欲しい、ならば人の世話になるしかない、スポンサーに食わせてもらおうと思いついたんです。
スイッチが入ったら早い性格なので、9月にK-1があり、年内には仕事をしなくても食べていける状況を作ったというか、スポンサーの方々に作ってもらいましたね。2017年からはほとんど仕事はしていません。

ーー仕事をしていないとのことですが、どのような生活なのですか?

1日2~3回練習しています。フィジカルトレーニングや、ボクシングジム、もちろん谷山ジムでキックボクシングの練習もします。合間にはyoutubeで試合を見て研究したり、英語の勉強をしたり、家にいられるときは自炊もしています。競技に集中できる生活はここ数年で出来るようになったことなので、今すごく充実しています。

円熟期。目標を追い続ける

ーー今の目標はなんですか?

K-1世界チャンピオンです。それしかないですね。K-1はエンターテインメント性が大事です。僕は相手をかわしながら蹴りを入れるというのが従来のスタイルなんですけど、それじゃ人気が出ないんです。このままじゃK-1チャンピオンは遠のくなと思って、スタイルチェンジを決意して、パンチで倒せるように今は週6回ボクシングジムに通っています。


磨いたパンチを繰り出す

ーーこれまでのプロ生活で印象に残っている試合はありますか?

K-1のスターの木村“フィリップ”ミノル選手との試合です。(2018年6月17日開催、K-1 WORLD GP 2018 JAPANにて対戦)格闘技界や時代を背負っている選手って、物凄いオーラがあるんだなと感じました。木村選手はファンなどには派手な打ち合いをするイメージを持たれているかと思うんですが、戦った印象としては、すごく繊細で、針の穴を通すような戦いでした。随分イメージと違うんだなと思いました。戦っていたのは2分ちょっとでしたが、努力して身に着けてきたんだろうなっていうのをすごく感じて、いろいろ積み重ねてきたんだなって試合中に関心しちゃいましたね(笑)。

ーー木村選手ともう一度戦いたいですか?

そうですね。あの対戦から1年ほど経ちますが、彼に負けてから、自分の甘い部分を全部改善してきているつもりです。試合直後は打ちのめされちゃって、格闘技を辞めようかなという考えもよぎったんですが、少し休んで復帰して、5連勝しています。いつかまた対戦したいですね。

ーー何歳まで続けたいなどの目標はありますか?

ジムの先輩の駿太さん*⁴(山際選手より6歳年上)と城戸さん二人とも現役なので(2019年7月記事執筆現在)、先輩より先に引退はできないと思っています。
やれる限りやりたいですね。格闘技に集中できる今、毎日が楽しくてたまらないです。

*⁴:関連記事:■キックボクサー駿太選手インタビュー -前編-■キックボクサー駿太選手インタビュー -後編-

インタビュー後、次戦のオファーがあったという山際選手。次なる戦いは、プロでは自身初となるスーパー・ライト級(65.0kg)での出場です。

31歳を目前に、新しい挑戦は続きます。



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