文武両道でなくては部活ができない? ルール上の建前と実態-日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動その7

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文武両道でなくては部活ができない? ルール上の建前と実態-日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動その7

スポーティ

日本と同じように、あるいはそれ以上に、米国では高校の課外活動としてのスポーツが盛んです。部活動はスポーツをする貴重な機会を生徒たちに与えてくれます。

部活動を通して、かけがえのない一生の友人を作った人も多いでしょう。その一方で、「ブラック部活」という言葉に象徴されるように、長時間の練習や顧問教員の超過労働など、様々な弊害も生じていることが指摘されています。

私は、2017年からカリフォルニア州オレンジ郡にある私立高校でクロスカントリー走部の監督を務めています。さらに2020年からは同じくオレンジ郡にある別の公立高校で野球部のコーチにもなりました。米国での部活動スポーツが実際にどのように行われているのか、現場から見た様子をご紹介します。

前回記事>>https://sportie.com/2020/05/highschool-sports6

「一定以上の学業成績に達しない生徒は部活動でスポーツはできません」というルール

カリフォルニア州の高校スポーツを統括する組織(CIF – California Interscholastic Federation)が定めた規則では、学業成績の平均スコア (GPA – Grade Point Average)が4段階評価で最低2.0以上ではないと、いかなる競技にも参加することはできないと定めています。

このGPAと言う言葉は米国の教育に関する話題ではかならず出てきますので、ここで簡単に説明しておきます。ある教科の成績が90%以上をA (4), 80%以上をB (3), 70%以上をC (2), 60%以上をD (1), それ以下をF (0) の4段階(Fは落第)とし、カッコ内の数字を平均したスコアのことです。

仮にある生徒の成績が英語はA, 数学はB, あとの3学科はすべてCだったとすると、GPA は (4+3+2+2+2) / 5 = 2.6 となり、なんとかCIFが定める資格(GPA2.0)をクリアするということになります。

大学進学用のクラスになりますと、それぞれの成績に与えられる数字が1つずつ増えます。つまりAが5、Bが4になります。従って、一流大学に進学するような成績優秀な生徒はGPAが4以上になることも珍しくありません。

クロスカントリー走部を応援する生徒会メンバーたち。スポーツ以外の課外活動も盛ん

GPA最低2.0以上とはいわゆる「法定」基準であって、学区や学校によっては、それより厳しい条件をつけているところもあります。例えば私が指導する学校では、「前学期に最低5つのクラスを履修し」、「そのすべてで単位を取得し」、「GPAは2.5以上」でないとスポーツ部活動に参加できないとしています。つまり1学科でも落第点を取ると、次の学期では好きなスポーツができないということになります。

私が知る限りは、このルールは厳格に運用されています。実際にルールに抵触して、チームから外さなくてはいけなくなった生徒も過去に何人かいます。それほどたくさんではありません。シーズンを通して1チームに1人か2人出るか出ないかという感じです。

それでは米国の高校生アスリートは皆「文武両道」なのかと言えば、それも少し大げさなような気がします。もちろん個々のクラスによって難易度は様々なのですが、そもそも成績は相対評価ではなく絶対評価ですし、テストの多くは4択か2択で行われますし、宿題などは提出さえすれば余程のことがない限りは合格点を貰えます。

多少の誤差を承知で言うならば、普通にさぼらずに教室に来て、宿題をきちんと提出してれば、D以下の成績がつくことは滅多にないからです。「学業も優秀でないとスポーツができない」と言うよりも、「必要最低限の勉強をしないとスポーツができない」が実情に近いと思います。

優等生タイプではなくても愛すべきアスリート

ごく少数ではありますが、このそれほど難しいとは思えない最低条件でもなぜかクリアできない生徒もいるということは前述しました。

それでは、そのような生徒は絶対に高校でスポーツができないのかと言えば、必ずしもそうではありません。ある学期の成績がひどくても、次の学期で最低基準以上の成績を収めさえすれば、部活動に参加する資格も復活し、チームに戻ることができるからです。

具体的な例として、ある高校のクロスカントリー走部で息子のチームメイトだったランナーを紹介しましょう。特に名を秘して、C君とします。いやC君じゃまずいのでX君とします。

このX君は、地区でも屈指のトップランナーでした。5000メートル走のベストタイムが14分台前半と言えば、陸上競技経験者にはわかるでしょう。日本で言えばインターハイに出場してもおかしくないぐらいのレベルです。

明るい性格で、チームの人気者だったX君ですが、良く言えば大らか、悪く言えば大雑把、少なからず物事に無頓着な部分がありました。

その人柄を表す、こんなエピソードがありました。テント生活が続いた合宿中に、私が泊まっていたホテルに他のチームメイトと一緒にシャワーを借りに来たときのことです。

靴が汚れているから、と皆がドアの前で靴を脱いでくれたのは良いのですが、X君がシャワー室まで歩いた後には床のカーペットに点々と黒い足跡がついています。いくら靴を脱いでも、その中の靴下が泥だらけになっていることには、まったく注意がいかなかったようです。

その後で、シャワー室から出てきたX君が「しまった」と大声をあげました。着替えの中に靴下が入っていなかったのです。

山の中でトレイルを毎日走り回る6泊7日の合宿に、X君は靴下を2ペアしか持ってきていなかったそうです。そのドロドロに汚れた靴下をまた履いて帰ろうとするのを見かね、私の使い古しの(もちろん洗濯済みの)靴下をいくつか投げ与えました。

X君は、満面の笑顔を浮かべて、「ありがとう」と私にハグをしようと近づいてきたので、「体を拭いてからにしろ~!!」と言いました。

このように愛すべき性格のX君ですが、きちんきちんと宿題を提出し、コツコツとお勉強をするような優等生タイプではありません。けっして頭脳の働きが悪いとは思いませんが、学科の成績は良くなかっただろうことは容易に想像できます。

いつでも存在するセカンド・チャンス

X君のランナーとしての実力は、1年生の頃からチーム内で抜きんでていましたが、公式記録から2年生のときのものがすっぽり抜けています。いくつかのクラスで単位を落としてしまい、そのシーズンは公式レースはおろか、練習にさえ参加できなかったからだそうです。

X君も流石にまずいと思ったのでしょう。その次の年にはチームに復帰したのを見ると、その後は真面目に教室に通ったと思われます。そして地区大会、さらに州大会で目覚ましい成績を挙げ、最終学年時にはある大学の陸上部から学費全額負担の奨学金を得たほどです。

ここで目出度し目出度しとならないのがX君の面白いところで、大学入学直前になって、合格を取り消すという通知が来ました。なんとか高校を卒業できるギリギリのラインだったX君の成績が、その大学が定める最低基準を満たさないから、という理由でした。

しかし、これが米国社会の良い部分だと思うのですが、そんなX君にもセカンド・チャンスが与えられました。

やむを得ず、コミュニティー・カレッジと呼ばれる無試験で入学できる2年制の市民大学に進んだX君でしたが、どうやらそこではきちんと勉強も頑張ったようで、1年後には元の大学に以前と同じ好条件で転入することができたのです。このように短期大学から総合大学へ転入する制度があり、卒業後の経歴は1年生から入学した場合と変わりません。

新型コロナウイルス感染拡大のため、大学スポーツも今シーズンは中止になり、再開の目途がつかない状況です。

大学の寮から自宅に戻ったX君も地元で自主トレーニングを続けていて、私も時々ジョギング中にすれ違うことがあります。そんなときX君は遠くからでも私を見つけると「ハーイ、ミスター・カクタニ!」と大声で挨拶してくれる好男児です。そんな彼が実力を思う存分発揮できる機会が1日でも早く戻って来ることを祈ります。

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