MLB春季トレーニング・キャンプでイチローさんを追いかけた3日間

MLB春季トレーニング・キャンプでイチローさんを追いかけた3日間
2月20日から23日までの3泊4日、アリゾナ州のMLB春季トレーニング・キャンプを見学してきました。2月後半から4月初めの公式シーズン開幕までの間、MLB全30球団の半分にあたる15球団が同州フェニックス近辺に集まり、「カクタス・リーグ」という名のオープン戦を約1か月半にわたって行います。
2025年MLBシーズンは東京で開幕します。ロサンゼルス・ドジャース対シカゴ・カブスの2連戦が東京ドームで3月18、19日に行われることはご存知の通り。それでなくても、ドジャースとくに大谷翔平選手の一挙一動がやや過熱気味に報道されていますが、少し(?)ひねくれた部分がある私が向かったのはシアトル・マリナーズとサンディエゴ・パドレスが共同でキャンプを張るピオリア・スポーツ・コンプレックスでした。ドジャースのキャンプ地グレンデールからは約16㎞しか離れていません。
どっちが現役選手? 51歳のイチローさんに驚愕の声
練習前にストレッチを行うイチローさん
キャンプ施設の一般入場ゲートは朝の9時半頃に開きます。練習の見学は無料。だれでも入ることができます。
マリナーズのクラブハウスにはブルペンが隣接していて、その周辺が選手やスタッフたちの集合場所になっているようです。たぶん10時頃がチームとしての練習開始時刻なのでしょう。
開場を待ちかねて敷地内に足を踏み入れた途端、私の目に飛び込んできたのはクラブハウスの前で180度の開脚ストレッチをしていたイチローさんでした。つい先月に米国野球殿堂入りが決まったばかりのレジェンドが現在はマリナーズの「会長付特別補佐兼インストラクター」という肩書でチームに帯同していることは知っていました。しかし、真っ先にその姿を見られるとは予期していませんでした。
イチローさんの服装は指導者やスタッフのものではなく、どこから見ても野球選手そのものです。まず、その素晴らしい柔軟性と可動域には目を見張りました。現役引退から約6年。現在51歳になっているはずのイチローさんですが、私の目には体型も現役時代とまったく変わっていないように見えました。周囲からも「あれがイチロー?」「信じられない」という声がざわざわと聞こえてきます。
周りで現役選手たちが談笑しているなか、イチローさんは黙々とストレッチを続けます。全身をほぐす、さまざまな動作を20~30分くらいは続けていたのではないでしょうか。
フリオ・ロドリゲス選手とイチローさんのキャッチボール
やがてチーム練習が始まると、イチローさんは現役時代と同じように外野手たちのグループと一緒に行動していました。選手たちからは少し離れた位置で、しかしまったく同じウォームアップのメニューをこなし、キャッチボールに移ります。
キャッチボールの相手はフリオ・ロドリゲス選手。現在のマリナーズの最人気選手であるだけではなく、MLB全体でも数人のなかに数えられる若きスーパースターです。これほど豪華な組み合わせは他にないと思われるのですが、フィールドの2人は他の選手たちと同じように淡々とボールを投げ合います。
MLBきっての強肩を誇ったイチローさん。さほど力を入れているようには見えないのですが、しなやかなフォームから矢のようなボールがはるか遠くまで飛んでいきます。
まったくMLBの知識がない人に「このなかに現役選手ではない人が1人混じっているけど、誰だか分かる?」と訊ねたら、きっとイチローさんを指さす人はいないでしょう。それどころか、もっとも肩が強い選手だと思うかもしれません。
今なお鍛錬を続ける求道者
ロドリゲス選手のフリーバッティング
フリーバッティングの時間になると、イチローさんは外野で球拾いまでやっていました。これも私が知る限り、イチローさんの現役時代と変わらぬルーティンです。私が観戦したどの試合でも、イチローさんは試合前のフリーバッティングでは外野でボールを追いかけていました。
球拾いという言葉は相応しくないかもしれません。たぶんですが、イチローさんにとっては守備練習なのだと思います。だからいつも自分のポジションであるライト側にいるのではないでしょうか。外野手の経験がある人なら分かりますが、同じ外野でもポジションによって打球の切れ方や伸び方は異なるからです。
よくフリーバッティングでは2塁ベースの後ろに大きなネットを置き、その裏でボールを集めている人がいるのですが、イチローさんはその人への返球もおざなりにしません。ゴロやフライを捕球した後の体勢や送球までのステップを色々試しているように見えました。
イチローさんはNPBで7年連続、MLBで10年連続ゴールドグラブ賞を受賞しました。世界一、外野守備が上手い人かもしれません。それでもまださらに上手くなろうとしている。求道者と呼ばすにはいられません。
野球の練習には空き時間が多く発生します。ボールを拾い集める、ネットを動かす、選手やコーチが交代する。そんな隙間のようなわずかな時間でも、イチローさんは常に体のどこかをストレッチしています。
あるフィールドから別のフィールドに移動するようなとき、ほとんどの選手たちは歩きますし、ゴルフカートに乗せてもらう選手もいます。イチローさんだけはいつも駆け足です。私もフェンスの外側を走って追いかけました。
あまりにも感心したので、他球団のキャンプ施設を周る予定を変更し、翌日もその翌日もマリナーズの練習を見学することにしました。少なくともその3日間に限っては、イチローさんは毎朝判で押したように同じ場所で練習前のストレッチを行い、外野手の練習が始まる時間になるとバットとグローブを持ってフィールドまで颯爽と走っていきました。
のんびりした雰囲気のオープン戦とMLBの新たな試み
ブルペン練習を始める前にスタッフと話す藤浪投手の背中
むろん、イチローさん以外にも見どころはたくさんありました。今年からマリナーズに移籍した藤浪晋太郎投手のブルペン練習をすぐ近くで見られたこともそのひとつ。巨人たちがひしめくMLBにあっても、ひときわ目立つほどの長身でした。その投げるボールはエグイの一言。きっと今シーズンは活躍してくれると思います。私のスポーツ予想はよく外れますので、藤浪投手にとっては縁起でもないかもしれませんが。
超満員となったパドレス対ドジャース戦
よく言われることですが、MLB春季キャンプの全体練習はとても短時間です。午前10時頃に始まった練習が正午頃には終了します。レベルは天と地ほど違いますが、その内容と量は私が指導する高校野球部と大差ありません。日本プロ野球はもちろん、もっと長い時間をかけて練習する少年野球のチームも日本にはたくさんあるでしょう。
午後には同じキャンプ敷地内にあるメイン・スタジアムでオープン戦が行われます。と言っても、どこも収容人数が1万人からせいぜい2万人くらいの小さな球場です。外野席は芝生の斜面になっていることが多く、ビーチタオルを敷いて、寝転びながらの試合観戦は最高です。野球とはこうでなくては、と思います。この季節でもアリゾナはいささか暑すぎるのが難と言えば難なのですが。
ABSでボール判定が覆った瞬間
今年のオープン戦では2026年シーズンからの導入が検討されている自動ストライク・ボール判定システム(ABS – Automated Ball-Strike System)のテスト運用が始まっていました。打者、投手、捕手に限り、球審のストライク・ボール判定に異議をとなえることができるものです。テニスのサービス判定に似ています。
これまでに行われてきた数多くの野球ルール変更もそうでしたが、ABSは選手からも専門家からも賛否両論があるようです。私の1ファンとしての視点からは、すごく良いアイデアだと思いました。球場の大スクリーンに映し出される動画再生にはワクワクしました。テレビ中継でも同じでしょう。
MLBは少なくとも変化を恐れない組織だとは言えます。今シーズンも新たな興奮を期待したいと思います。