知的障害者にスポーツの場を。有森裕子が夢見るもう一つの“オリンピック”

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知的障害者にスポーツの場を。有森裕子が夢見るもう一つの“オリンピック”

スポーティ

バルセロナで銀、アトランタで銅メダルを獲得した日本女子マラソンのパイオニア的存在である有森裕子さん。2002年から、知的障害を持つ人たちに日常的なスポーツトレーニングとその成果の場である競技会を提供し、社会参加を応援するスポーツ組織「スペシャルオリンピックス日本(SON)」に関わり、2012年から同団体の理事長を務めています。

文京学院大学(東京都文京区)では今月9日、有森さんと同大学人間学部児童発達学科教授でSONの理事も務める伊藤英夫氏が登壇し、「知的障害者と健常者が互いに歩み寄る共生社会の実現」をテーマにしたセミナーが開催されました。

「スペシャルオリンピックス」はジョン・F・ケネディの妹、ユニス・ケネディ・シュライバーが知的障害を持つ子どもを集めてデイキャンプを行ったのが始まり。ちなみにユニスの姉、ローズマリー・ケネディも知的障害を持っていました。

日本では1994年に国内組織が発足。現在では夏季冬季で24競技を開催し、8,253人のアスリートが活動に参加しています(2017年度末時点)。夏季競技は競泳、バスケットボール、サッカー、体操、テニス、柔道、卓球、ソフトボールなどで、冬季競技はアルペンスキー、フィギアスケート、スノーボードなど多岐に渡ります。

有森さんは「私がまだSONの存在を知らなかった頃、知的障害者にスポーツの場を提供している組織があると聞いて、とてもショックを受けた。私は当たり前のように運動会に参加して、当たり前のように様々な大会に出場できたのに、知的障害を持つ人たちは、組織が提供しないとスポーツに携われない。このことを知って、尽力することを決めた」と話しました。

オリンピック・パラリンピックとの大きな違いはディビジョニング。まず、予選で競技能力によって2人から6人のグループ分けをします。グループ分けを行った後の競技が決勝戦。例えば陸上競技において2人で競うレースもあれば、5人や6人で競うレースもあるのです。また、スペシャルオリンピックスは全員表彰。4位以下にはリボンが贈られます。

「走っているアスリートがコースアウトして、応援団と握手をしに行く。その後、競っていた選手と一緒に手をつないでゴールする。競技会ではこのようなシーンが多々あり、このようなことを受け入れるのがスペシャルオリンピックス。それでも、負けて悔しさを滲ませたアスリートを見ると、私たちと何も違わない」と有森さんは語ります。

ユニファイドスポーツという新しい概念

SONは知的障害のあるアスリートと、知的障害のないパートナーがともにチームを組みスポーツを楽しむ「ユニファイドスポーツ」にも力を入れています。ユニファイドスポーツには3段階のモデルがあり、競技性の低いものからレクリエーション、プレーヤーデベロップメント、ユニファイドスポーツに分かれています。

最も競技性の高いユニファイドスポーツはアスリートとパートナーの競技能力と年齢を同程度とし、人数もほぼ同数にして競技を実施。昨年は初めてユニファイドカップと称されたサッカーの世界大会がシカゴで開催されました。

伊藤氏は、サッカーにおけるユニファイドスポーツによる兄弟のエピソードを紹介。伊藤氏によると、兄が知的障害を持つアスリートで弟がパートナー。以前、弟は兄のことを理解できず、お互いに距離があったそうです。

しかし、ユニファイドスポーツを通じて、弟は兄の思っていることなどを知ることができるようになったといいます。「昔は障害があることを内緒にしていた。多様性を重んじるようになり、少しずつ知的障害を持つ人とそうでない人が一緒になる社会になってきた。兄弟であれば、本当は一番の理解者であるはず」と伊藤氏は話をします。

2019年3月には、UAEアブダビでスペシャルオリンピックス夏季世界大会が開催されます。170の国と地域で、アスリートは7,000人が参加します。団長は有森さんが務め、日本選手団は11競技に参加する予定。競泳や陸上競技、バドミントンなどの他、7人制サッカーとゴルフはユニファイド形式となっています。

日常的に継続される“オリンピックス”

現在、パラリンピックでも水泳や卓球などは知的障害を持つ人も参加可能です。しかし、パラリンピックに出場する選手はボーダーライン付近で、スペシャルオリンピックスで考えるとディビジョンもかなり上の位置。一方、SONは全ての度合いを網羅し、それぞれの人が一番輝ける現場を提供しているのが特徴です。

例えば、アスリートとして「勝ちたい」と思っている人には勝つための指導を。「スポーツを楽しみたい」と思っている人には楽しむための説明をしています。

有森さんは「スペシャルオリンピックスのオリンピックスは複数形になっている。これはオリンピックやパラリンピックのような大会名ではなく、日常的に継続して行われているから」と名称の意図を解説します。

当然、オリンピック・パラリンピックは世界最高峰のアスリートが技を競い合います。私たちはハイレベルな技術の応酬に感動し、自国の選手が勝つことを願うでしょう。

しかし、そもそもオリンピックというのはかつて、平和の祭典でした。勝ち負けではなく、スポーツを通した人間育成と世界平和が究極の目的です。

スポーツは、万人の権利。知的障害のある人とない人が共存して、日常の社会の中でスポーツに取り組み続けるスペシャルオリンピックスは、ある意味で“もう一つのオリンピック”かもしれません。

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