マラソン大会に向けた調整の仕方
DOマラソン大会に向けた調整の仕方
2022年に東京マラソンが開催されたことを皮切りに、新型コロナの影響でここ数年中止やオンライン開催になっていた大会も続々と通常開催されるようになりました。
「久しぶりにマラソンを走る!」とドキドキワクワクしながらトレーニングに励んでいる方もいるでしょう。
あるいは、既に久しぶりの大会を走ったけれどトレーニングの成果が出せなかったという方もいるのではないでしょうか。せっかく大会に出るならば「良い走りがしたい!」「目標タイムを達成したい!」「トレーニングしてきた力を出し切りたい。」と思うのは多くのランナーが持っているテーマだと思います。ですが、それが簡単にはできないのがマラソンの難しさ、奥深さでもあります。
ベストな走りをするための“調整(コンディショニング)”
『マラソントレーニングの組み立て方』の中でも”調整期”について触れていますが、調整をするかしないか、調整が上手くいくかどうかによって本番での走り(結果)は大きく変わってきます。
トレーニングをしなければ良い走りはできませんが、たくさんトレーニングをすれば必ず良い走りができるとは限りません。トレーニング成果を本番で出すためには、しっかりトレーニングを積み重ねた上で、調整をしてあげることが重要です。
調整の大切さ
まず、“調整(=コンディショニング)”とは大会(力を発揮したい日)に向けて体調を整え、疲労を抜いて調子を上げていく作業です。
大会当日を万全な状態で迎え、実力を最大限出し切れるように、走力を維持しながら、日々のトレーニングで蓄積した疲労を時間をかけて抜いていきます。多くのランナーが陥りやすい失敗は、レース直前に不安になって頑張ってしまうことです。
市民ランナーにとって、仕事や家事・育児などと両立しながら、連日走る時間を確保してトレーニングを継続するのは簡単なことではないと思います。
仕事が忙しくて睡眠時間を削っていたり、体調を崩してしまったり、トレーニングがなかなかできない状況もあると思います。“トレーニングがあまりできなかった人”は、大会が近付いてきて焦って走る量を増やしてしまうということがあります。
目標タイムを達成するために“トレーニングをたくさん積んできた人”であれば、上げてきたトレーニングの質や量を落とすことで、走力も落ちてしまうのではないかという不安な気持ちが勝って、大会が近くなるまで高強度のトレーニングを続けてしまうということがあります。
普段のトレーニングでも、高強度トレーニングの前後には疲れを取って行うことが“怪我の予防”や“効率的に走力を向上させる”ためにも理想ですが、それでも、大会に向けて継続的にトレーニングをしている人であれば、普段のトレーニング時には少なからず疲労がある状態です。
調整をしないということは、普段のトレーニングと変わらない状態で大会を走るということです。なので、トレーニング時以上の走りは望めません。ですが、この疲れをできるだけなくしてあげれば、トレーニングでは苦しかったペースが大会本番では楽に走れるというように、大きな変化を感じられることでしょう。
筆者自身も、レース直前に焦って頑張ってしまったことや、トレーニング量を落とす勇気が持てずに疲れを残してしまったこと、どちらも経験しました。敢えて調整なしで大会を走ったこともありましたが、調整が上手くいったときの走りは練習からは想像できないほどに変わります。体調だけでなく気持ちも前向きで、大会を楽しむことにも繋がると感じます。
調整の仕方
トレーニング面で実施するのは“トレーニング量を落とす”という簡単なことです。
ただし、単にトレーニング日数を減らして休養日を増やしてしまうと、これまでのトレーニング効果が維持できずに走力が落ちてしまうので、トレーニング頻度はできるだけ高い状態で継続して、走る距離を減らしていきます。
スピードについても、上げればトレーニング強度は上がるので、疲労を抜くべき調整期には無理にペースを上げて追い込む必要はありません。ただし、ゆっくりペースばかりだと、スピード感覚を忘れてしまったり、レースのスピードに対応できなくなってしまうことがあるので、ジョギングの後に“流し(ウィンドスプリント)”を入れたり、特に記録を目指して高強度のトレーニングを積めた人であれば、頻度を落としてペースを上げるトレーニングを行いながら、スピードを出せる状態を保ちます。
◆期間:大会前の2週間~1ヶ月間
高強度なトレーニングを積めた人ほど、長い期間(1ヶ月間)を使って調整しましょう。
調整期のトレーニング
- 走る頻度:調整期前のトレーニング頻度を落とさずに維持
- 内容:ジョギングが主。スピードを上げられる状態を保つために、ジョギング後、全力疾走の70~80%で短距離(50~150m程度)を数本(3~5本程度)、大きな動きで走る(=“流し”“ウィンドスプリント”という)を行う。もしくは、ジョギングの最後、数百m~1km程度をペースアップする。
調整期までに高強度のトレーニングを積めた人は、頻度と距離を減らしてポイント練習を行う(レースペースを基準とした“ペース走”や“ビルドアップ走”、“変化走(ウェーブ走)”がオススメ)
◆栄養・睡眠
追い込み期や大会直後は、体へのダメージで免疫力が低下し風邪などの感染症にかかりやすくなりますが、調整期に入るマラソンシーズンは気温や湿度が下がり、環境面で体調を崩しやすい時期でもあります。体調不良ではトレーニングの成果を出し切ることはできませんし、体調不良で走ることは体にとっても良くありません。トレーニング面と合わせて、“栄養”と“睡眠”をしっかりと取り、疲労の回復を促進してあげることがとても大切です。
<グリコーゲンローディング(カーボローディング)>
グリコーゲンローディングも、大会での走りが大きく変わる調整方法の一つです。
長い距離を走るマラソンでは“エネルギー切れ”を起こし、急に脚が動かなくなるという経験をする人が多くいます。これを防いでくれるのがグリコーゲンローディングです。
“グリコーゲンローディング(=カーボローディング)”とは、走る上でエネルギーとなるグリコーゲンを筋肉や肝臓に蓄える方法です。体内の8割強のグリコーゲンは筋肉に蓄えられています。
マラソンのように長時間動き続ける競技の疲労や結果には、筋肉に蓄えられているグリコーゲンの含有量と、そのグリコーゲンをエネルギーに変換して使う代謝能力が大きく関係します。グリコーゲンローディングのやり方は多様で、1日でグリコーゲン含有量を上げる方法や、3日、1週間と時間をかけて行う方法、大会への目指すものや、体の状態などによって使い分けることができます。
筆者は、フルマラソンや20km走の前後で、筋肉中(大腿部やふくらはぎ)のグリコーゲン含有量をMRIで測定し、グリコーゲン含有量の変化を数値化して見ていく研究の被験者をしたことがあります。
グリコーゲンローディングによって体重は増えても、動きは軽くなり、研究の回を重ねるごとに、筋グリコーゲンの含有量が増えていることを体感として感じられるようになりました。
筆者はグリコーゲンが蓄えられていると、フルマラソン中のエネルギー補給はジェル1つで十分に足ります。その他に口にするのは大会で出ている給水の水とスポーツ飲料のみで、最後までエネルギー切れを起こすことなく走ることができます。
(2022年11月つくばマラソン時の補給量)
グリコーゲンローディングを行うことで体重の増減があり体へ負担がかかるので、“目標の大きさ”や“大会への目的”に応じて、グリコーゲンローディングを行う大会を絞ったり、日数や糖質量を調節することが望ましいですが、効果はとても大きいと感じます。
◆やり方
“普段よりも主食(ご飯類)の量を増やし、おかずの量を減らす”というのが基本になります。極端に炭水化物(糖質)ばかりを摂ってしまうと、便秘や体調の異変に繋がりやすいので、炭水化物以外の栄養も摂ることが大切です。
(例)
- レース前日から主食の量を増やし、おかずの量を減らす
- レース3日前から主食の量を増やし、おかずの量を減らす
- レース1週間前~4日前までは主食の量を減らし、おかずの量を増やす+レース3日前から主食の量を増やし、おかずの量を減らす
◆オススメの食べもの
〇主食
- 白米、玄米
- うどん
- そば
- 餅
- ベーグル
- 肉まん
〇主菜(食材)
- 豚肉
- 鶏むね肉、ささみ
- レバー
- マグロ
- カツオ
- うなぎ
- ブリ
- サバ
- 豆腐
- 納豆
〇副菜(食材)
- かぼちゃの煮物
- じゃがいもの煮っころがし
- 人参
- ブロッコリー
- ほうれん草
- とうもろこし
- 枝豆
- 黒豆
〇その他(汁物、デザート、乳製品、飲み物など)
- 豚汁
- コーンポタージュ
- ポトフ
- フルーツ
- 果汁100%ジュース
- ヨーグルト+はちみつ
- 牛乳
- 豆乳
〇菓子類
食べるのであればカステラ、どら焼き、まんじゅう、団子などの和菓子
☆ポイント(注意点)
- 高糖質なだけでなく、脂質の少ない食事を心掛けること(ラーメンやパスタ、パン、ピザなどは高脂質なものが多い)
- お刺身や生卵など、生ものはお腹のお不調を引き起こすことがあるので避ける。
- さつまいもやゴボウなど、食物繊維の多い食べものは、レース中にガスが溜まるとパフォーマンスの低下に繋がるので、レース前日の夕方までにする。
- 大会前日のアルコール摂取は、レース中の脱水に繋がることがあるので避ける。
- 水分は、カフェインを含むコーヒーやお茶は利尿作用がありレース前には向かないためグリコーゲンローディング中の摂取は控える(レース直前やレース中のカフェイン摂取は、パフォーマンスの向上に繋がる様々な効果があることから積極的に摂って良い。)
- 貧血気味の方は、グリコーゲンローディングの期間も“鉄分”を積極的に摂る。
筆者が20km走を行った直後に筋グリコーゲン含有量を測定した際には、走る前の含有量よりも50%以上減少していました。フルマラソンの3時間後の測定では大会当日朝の含有量よりも70%以上減少していました。筋グリコーゲンの低下がとても大きいことが分かります。
走った後の回復では、20kmを走った研究では24時間後には元の含有量まで回復しましたが、複数回測定を行ったフルマラソン後には、2日経ってもグリコーゲンローディング前の含有量まで回復したことはありませんでした。
筋グリコーゲンは筋肉が収縮するエネルギーとなり、運動においてとても大切な役割を担っています。特に次の大会予定がある人は、レース後も筋グリコーゲンを早く回復させることで、効果的なトレーニングを早く再開できるので、レース前だけでなくレース後にも高糖質食を心掛けることが望ましいでしょう。
マラソン後には筋肉だけでなく内臓にも疲労があるので、消化の良い食事で体を労わってあげてください。
とは言っても、レース後に飲むアルコール、我慢してきた食べものを口にしたときの美味しさは格別ですよね!走ることで、美味しい物をより美味しく楽しめるのも、マラソンを走る魅力の一つだと思いますので、ご自分の中で切り替えのタイミングを決めて、楽しみながら取り組んでほしいと思います。