中高年世代が過酷なスポーツに取り組み始めたわけ
DO中高年世代が過酷なスポーツに取り組み始めたわけ
アメリカの大手新聞『ワシントン・ポスト』電子版が「50歳以上のアメリカ人の多くが自分たちの祖父母なら想像すらしなかったような過酷なスポーツに取り組んでいる」というタイトルの記事(*1)を2月23日付で掲載しました。
この記事によると、若いアスリート向けと思われがちなウルトラマラソンやトライアスロンのような過酷なスポーツイベントで、50代、60代、70代の参加者が以前に比べて急増しているのだそうです。
それはアメリカだけの特殊事情というわけではありません。むしろ世界的な傾向と言えるでしょう。たとえば、世界で最も過酷なレースのひとつとして知られるアイアンマン・トライアスロンのシリーズが記事内で紹介されています。スイム(水泳)3.8km、バイク(自転車)180.2km、ラン(マラソン)42.2kmを1日で行うこのレースは世界各地で行われていますが、2012年には約2,500人だった50歳以上の参加アスリート人数が、この10年で4倍以上に増え、2022年には13,000人に近づいたということです。
*1. Americans over 50Americans over 50 are doing extreme sports their grandparents never imagined.
https://www.washingtonpost.com/dc-md-va/2023/02/22/extreme-sports/
日本の耐久系スポーツイベントも中高年パワーが席巻?
日本もこの世界的なトレンドの例外ではありません。むしろ高齢化が進む社会状況を反映して、世界の最先端を行っているかもしれません。
日本国内でウルトラマラソンやトライアスロンに参加したことがある人なら、中高年世代の人数がむしろ若い世代を凌駕していることを実感しているのではないでしょうか。
かく言う私もそんな中高年アスリートのひとりです。アイアンマンレースに挑むような鉄人ではなく、表彰台を目指すような競技者でもありませんが、50歳を過ぎてからウルトラマラソンのレースでいくつか完走歴がありますので、そう自称しても構わないと思います。
もっとも、50代くらいではウルトラマラソンの世界ではベテランとは呼べず、むしろ若手なのではないかと思うことがあります。どのレースに出ても、自分よりはるかに年上だろうと思われる多くのランナーたちを目にするからです。
最近の例を挙げると、私は昨年12月に行われた沖縄100キロウルトラマラソンに参加しました。公式ウェブサイトのデータによると、スタート人数663人中、50歳以上は240人で、全体の約36%を占めました。完走したランナーに限っても、全体459人中、50歳以上は144人(約31%)だったのです。
この日の沖縄は気温が低く(沖縄にしては、ですが)、強風が吹き荒れ、時折雨も降ってくるという、あまり快適とは言い難いコンディションでした。そのせいでしょうか、スタートしたランナーのうち、完走率は69.2%に留まりました。それでも、公式記録によると、70歳以上の男性が2人、65歳以上の女性が1人、見事に100 kmを完走しています。
私自身がゴールしたのは14時間の制限時間ぎりぎりでした。70代ランナーの後塵を拝していた可能性は大です。60代なら何人もいたでしょう。彼ら彼女らは超人としか形容する言葉が私には見つからないのですが、世界でも日本でもけっして珍しい存在ではなくなってきているようです。
かつては女性、今は高年齢? 打破されつつある「無理だ」の固定概念
高齢者が過酷なスポーツシーンで目立つようになった背景には、人々が以前より長生きをして、より健康になっているという事実は見逃せません。高齢者人口が増えるということは、潜在的な競技者の裾野もまた広くなるはずだからです。
栄養やコンディショニングの情報が行き渡ったことが、運動を続けられる年齢リミットを押し上げる効果に繋がっているのかもしれません。あるいは人生の半ばを過ぎた人がときに自己破壊的な行動に走るミッドライフ・クライシスにその理由を求める人すらいます。
個人的には、人口構成の変化や生物学的な理由に加えて、高齢者がスポーツをすることに対して存在していた心理的なバリアが取り除かれつつあることが、より大きな原因だと考えています。
ウルトラマラソンどころか、女性には42.195 kmのフルマラソンさえ生理的に危険だという常識がかつてありました。それほど昔のことではありません。
1967年のボストン・マラソンで史上初の同レース女性ランナーとなったキャサリン・スウィッツァーさんはスタートして間もなく、コースから押し出そうとする競技役員の妨害を受けました。女性ランナーの健康と安全を保障できない、というのが運営側が掲げた理由でした。オリンピックで女子マラソンが競技として採用されたのは1984年のロサンゼルス・オリンピックです。
今ではマラソンレース参加者の半数か、あるいはそれ以上を女性が占めているのではないでしょうか。女性にはマラソンは過酷すぎるというかつての固定概念が間違っていたことは誰の目にも明らかです。
世界中で女性マラソンランナーは増え続け、それに伴って記録も伸び続けています。現在、女子マラソンの世界最速記録は2019年10月13日のシカゴ・マラソンでブリジット・コスゲイ選手(ケニア)が記録した2時間14分04秒。1963年当時の男性世界記録(2時間14分28秒、レナード・エデレン選手)より速いのです。
同じことが高齢者のスポーツにも起きると私は予想しています。○○歳になったら過酷なスポーツはできない。そのような考えはきっと過去のものになるでしょう。
最後にもうひとつ身近な例を紹介します。私の父は78歳でフルマラソンを完走しました。もはやフルマラソンくらいでは過酷とは呼べないかもしれませんが、それでも父より前の世代には考えられなかったことではないでしょうか。私が父を超えるためには、同じ年齢でウルトラマラソンを走るしかないかな、と覚悟を決めているところです。