ドイツでフロントとして挑戦を続ける「フロント界の海外組」瀬田元吾

ドイツでフロントとして挑戦を続ける「フロント界の海外組」瀬田元吾 SUPPORT

ドイツでフロントとして挑戦を続ける「フロント界の海外組」瀬田元吾

スポーティ

昨シーズン、宇佐美貴史選手、原口元気選手という2人の日本代表選手の活躍により、ドイツ二部リーグを優勝したフォルトゥナ・デュッセルドルフ。
そのフォルトゥナのフロントで働いているのが瀬田元吾さんです。

肌で感じたドイツサッカーの将来性

2005年、24歳で単身ドイツに渡った瀬田さんは、日本では関東リーグとJFLの群馬ホリコシでプレーをしていました。これ以上選手としての成長は難しいのではという思いを持ちながらも、一念発起し、翌年にワールドカップが開催されるドイツに渡りました。
その際にフォルトゥナのサテライトチームで1シーズン選手としてプレーしたことが、瀬田さんのその後を決定付けました。

2006年のドイツワールドカップまでプレーをして、日本に帰るつもりだったんですが、25、6歳のドイツ語がちょっと出来て、アマチュアでちょっとサッカーをやったくらいの自分が、日本でどんな仕事が出来るだろうかと思いました。せっかくドイツに来て腰を据えてサッカーをやったので、それを自分の強みにしてやっていかなきゃいけないと考え、ケルン体育大学に入学後、フォルトゥナのフロントで働かせてもらえるようにお願いしました。

当時、ドイツの世界ランキングはあまり高くなく、一昔前に「世界最強」と言われた代表チームの姿はありませんでした。しかし、ドイツに滞在する中で、ドイツという国のサッカーに対するインフラのクオリティーの高さ、ドイツ人のサッカーに対する姿勢や海外から来るお客さんを持てなす体制に感銘を受け、ソフト、ハード共にクオリティーの高いドイツに将来性を感じたそうです。

ドイツのフロント業務の日本化

フォルトゥナがあるデュッセルドルフは、約7,000人の日本人の駐在員やその家族などが居住しているヨーロッパでも有数の日本人街を抱えています。そんな街にあるチームで、日本人である自身ができることを考えたときに「日本デスク」という、デュッセルドルフに居住する日本人や日本企業に対してアプローチをする部署を設立することを決めました。

僕が行った時点で他のドイツクラブにはスカウティングとしてアジアをターゲットにする部署みたいなものが出来ていたんです。だから日本企業や日本人を巻き込もうという視点を持っているということは知っていたのが、それを具現化していく人間は居なかったし、どうしたら良いか分かっていなかった。
また、日本企業のスポンサーは欲しいけれど、日本人選手をとれば日本企業のスポンサーが付くだろうくらいの考えしかありませんでした。

瀬田さんはドイツのクラブがすでに行っている営業やマーケティング、チケッティング、広報、地域貢献、アカデミー関係をすべて日本コミュニティ向けにアレンジをすることを目標に掲げました。
そのためには、ドイツのクラブの仕組みを学び、クラブのあり方の本質をきちんと理解することが重要だったと語ります。
その結果、フォルトゥナはいくつもの日本企業からのスポンサー契約を獲得し、チームとしても瀬田さんが働き始めた頃の3部リーグから、2012–13シーズンには1部リーグへの昇格を果たしました。

2人の日本人が導いた一部昇格

躍進をするフォルトゥナの中で、瀬田さんは日本人選手を獲得し、日本人選手の力でフォルトゥナをより強いクラブにしていきたいという思いを持っていくこととなります。有力な日本人選手がチームに加入することで、日本での知名度が上がることに加え、より多くのスポンサー獲得、デュッセルドルフの日本コミュニティからの支持を集めることに繋がるからです。
そして、2013年には冬の移籍市場で当時清水エスパルスに所属していた大前元紀選手を獲得しました。しかし大前選手はチームの主力として定着できず、チームも1シーズンで2部に降格となってしまいました。

新たな日本人選手を獲得したいという中で、2017年に当時アウクスブルクで出場機会のなかった日本代表宇佐美貴史選手をレンタルで獲得しました。当初、前所属チームで出場機会のなかった宇佐美選手は試合感が足りず、満足したパフォーマンスを出せませんでしたが、地道なトレーニングの結果、シーズン後半から徐々にコンディションが上向きとなってきました。

そのタイミングとほぼ同時に加入したのが、もう1人の日本代表、原口元気選手だったのです。
移籍問題などもあり、ヘルタ・ベルリンで出場機会を失っていた原口選手にはドイツの一部クラブからも獲得の打診があったそうです。しかし、原口選手は当時二部のフォルトゥナ・デュッセルドルフへの加入を決めました。

半年後にワールドカップが迫る中で、原口選手は自身の課題は、試合を決める能力。つまり、ゴールやアシストなどのプレーだと考えていました。その課題をクリアするためには、ドイツ一部の下位チームよりも、チームとしてイニシアティブを取ってプレーできる二部で優勝争いをしているフォルトゥナを選んでくれました。



日本人の両翼はフォルトゥナがリーグ後半戦であげた得点の半分に関わる大活躍を見せ、チームをリーグ優勝、そして一部リーグへの昇格へと導きます。
日本では、原口選手の加入により、宇佐美選手がコミュニケーション面での問題をクリアできたという報道もありましたが、瀬田さんは必ずしもそれだけではないと語ります。

加入当初の宇佐美選手はコンディションが上がってこず、それが半年間のトレーニングを経て復調したタイミングで、「たまたま」原口選手が加入したという風に考えています。しかし、同世代のライバルが同じチームで、ワールドカップを目指すという状況は精神面での好影響も少なからずあったと思います。

そして、迎えたロシアワールドカップ。原口選手、宇佐美選手は共に代表に選出され、原口選手は優勝候補のベルギー代表に冷や汗をかかせるファインゴールを決めました。チームを勝たせるのは選手や監督など現場のスタッフだけではありません。瀬田さんのようなクラブのスタッフも含めたオールジャパンが、日本のサッカーをより強くしていくのでしょう。
ドイツの地での瀬田さんの挑戦は、これからも続きます。

インタビュー、文:萩原拓也、遠山絃月(Sportie編集部)