【連載】フリーライター遠藤由次郎が行く ブラジルW杯現地観戦チャレンジ 開幕戦を撮った日本人カメラマンが語る ブラジルワールドカップの裏側
SUPPORT【連載】フリーライター遠藤由次郎が行く ブラジルW杯現地観戦チャレンジ 開幕戦を撮った日本人カメラマンが語る ブラジルワールドカップの裏側
世界中を熱狂させているワールドカップ。歓喜のゴールシーンや落胆の表情まで、様々な瞬間をとらえた写真が南米・ブラジルの戦いを世界各地のサポーターに伝えている。その写真を届けるため、現在ブラジルにいる日本人サッカーカメラマンにワールドカップの魅力、そして今大会の見どころを聞いた。
ワールドカップの歴史は“審判の歴史”
「僕は82年のスペイン大会からずっとワールドカップの取材を続けているけど、一番面白かったのは86年のメキシコ大会です。ウルグアイのフランチェスコリ、ベルギーのシーフォ、ドイツのマテウス、アルゼンチンのマラドーナなど、挙げればきりがないほど、南米にもヨーロッパにもスターが揃っていた。特にマラドーナは本当に凄かったですよ」
たくさんのスーパースターが現れたメキシコ大会の興奮が今でも忘れられないと語るのは、30年以上にわたってサッカーを撮り続けているベテランカメラマンの六川則夫氏だ。誰よりも“現場”の近くで目撃してきた六川氏だからこそ感じていることがあるという。
「“ワールドカップの歴史は審判の歴史”と言ってもいいほど、ジャッジに左右されるものです。どの大会にも疑惑の判定があった。僕も目の前で見ていて、それは明らかにおかしいということを何度も経験してきた。でも、そんなものを超越した魅了を感じたのがメキシコ大会だった。ブラジル大会もそうなればいいんですけど」
ブラジル大会の注目は“社会の矛盾”
ワールドカップの歴史を語る資格というものがあるならば、間違いなくそれを持っている六川氏。そんな日本で指折りのカメラマンにブラジル大会の見どころを聞くと意外な答えが返ってきた。
「ブラジル大会は、“社会の矛盾”みたいなものが見ておくべき側面の1つになる気がします。これまでも大会終了後に様々な社会問題が起きてきた。例えばポーランドとウクライナの共同開催で行われたEURO2012の終了後に起きたことは、みなさんご承知の通り。キエフもドネツクも大混乱の渦中にある。大会期間中に押さえ込んでいた反政府活動が一気に出たんですね」
同じような社会問題を抱えるブラジル。選手や戦術、技術はもちろんだけれど、それ以上にアウトオブピッチの部分で見ておくべきことがあるようだ。
「サッカーにお金を使うんだったら、教育や医療に使え、と。実際はサッカーにすらお金が回っていないんだけど。今回はそれが大会期間中に露呈するでしょう。昨年のコンフェデで起きた大規模なデモを見ても明らかです。これは4年後のロシア大会などにも繋がっていく話なので、“国際的なスポーツの祭典の在り方”が問われるキッカケになる。日本のマスメディアがあまり報じない側面でもあるので、現地ではここを見ておくべきだと思います」
ノーテンキにサッカーの祭典なんて言っていられないのかも。でもライターとしてカメラマンとして、それを伝えることが一つの使命なのかもしれない。
フリーカメラマンの“代表選考”
フリーのカメラマンとしてワールドカップを取材する。言葉にすると簡単だが、そこには大きなハードルがあるという。
「カメラマンが100試合人会場に入れるとすると、25人ずつ50人が試合当該国。残りの25人が開催国、今回で言うとブラジルですね。残りの25人がその他の国のカメラマンが会場に入ることができます。そしてFIFAが許可を出す時には、やっぱり優先順位は大きなメディアから」
もちろんFIFAからの許可をもらう前に、ライターと同じように日本サッカー協会が割り振る取材パス(AD)を得ないとならない。六川氏はフリーの立場は低いとしながらも、他の業界に比べるとサッカー界は比較的恵まれた環境にあるという。
「そもそも日本が出場していないフランス大会以前は、ほとんどフリーのカメラマンしか来ていなかったけど、そういった人たちが実績を作ってきた。だから、いざ日本が出場するとなったときにはFIFAから優遇されました。一般の報道では警察の記者クラブなどフリーカメラマンは入れない領域がありますが、サッカーは実績によってフリーという立場の人間も認められる分野。グローバルスタンダードではインディペンデントな記者やカメラマンもかなり認められているんです」
欧米ではフリーの立場の人が日本以上に活躍しているという事実もあり、そのことはFIFAも理解しているという。フリーの中での優劣は前回大会(今回で言うと南アフリカ大会)が終了した時点から今日に至るまでの4年間の取材実績で評価される。前回取材したライターと同じように実績を作る以外に道はなく、たとえベテランカメラマンでも取材をしていない人は許可がもらえないという。まるで代表選考のような戦いがピッチ外でも繰り広げられている。
ワールドカップの本番は“決勝トーナメント”から
六川氏に撮影スケジュールを問うと、思いもよらぬ回答があった。
「基本的には、日本代表の試合を中心にその会場の周辺をうろつく感じですよ。合宿所のイトゥは数日しかいません。幸いなことに開幕戦は取材許可が出たので、12日にサンパウロで開催されるブラジル対クロアチアに行って、あとはレシフェやナタルあたりの夏を満喫できる東部にいるつもりです」
余裕のあるスケジュールのようだが、予選リーグは日本の3試合を撮れればいいと語る。
「消化試合の可能性もある予選リーグの段階では、どちらかと言うとブラジルを楽しもうと思っています。ワールドカップは決勝トーナメントから。EUROと違ってレベル差の激しいチームが戦うわけで、そこらへんがある程度ふるい落とされるのがベスト8以降だと僕は思っていますから」
過去8回もワールドカップを取材している人は言うことが違う。初めてのワールドカップ観戦の僕なんかには、そんな考え方はできなかった。今後何度かワールドカップを経験していくことで、見かたが変わっていくのだろうか。六川氏の撮るワールドカップの写真、そしてその奥にあるワールドカップの真実に注目してほしい。