複数スポーツをやりたくでもできないわけ-日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動その10

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複数スポーツをやりたくでもできないわけ-日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動その10

スポーティ

日本と同じように、あるいはそれ以上に、米国では高校の課外活動としてのスポーツが盛んです。部活動は、スポーツをする貴重な機会を生徒たちに与えてくれます。部活動を通して、かけがえのない一生の友人を作った人も多いでしょう。その一方で、「ブラック部活」という言葉に象徴されるように、長時間の練習や顧問教員の超過労働など、様々な弊害も生じていることが指摘されています。

私は、2017年からカリフォルニア州オレンジ郡にある私立高校でクロスカントリー走部の監督を務めています。さらに、2020年からは同じくオレンジ郡にある別の公立高校で野球部のコーチにもなりました。米国での部活動スポーツが実際にどのように行われているのか、現場から見た様子をご紹介します。

■前回記事>>日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動-PART9-

スーパースターたちの高校時代

今年の春は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、ありとあらゆるスポーツが中断、もしくは中止になりましたが、米国ではNBA史上最高のバスケットボール選手との呼び名が高いマイケル・ジョーダンが、再び世間からの脚光を浴びました。

スポーツ専門局『ESPN』が、1997-98年のNBAシカゴ・ブルズにスポットを当てた全10話のドキュメンタリー・シリーズ『The Last Dance』を日曜日の夜に2話ずつ、5週間に渡って放送し、大変な人気を集めたのです。同シリーズはネットフリックスでも視聴可能です(邦題『マイケル・ジョーダン: ラストダンス』)。

シリーズの4週目(第7,8話)はジョーダンが一旦NBAから引退し、MLBシカゴ・カブス組織と契約した頃のエピソードが中心でした。

ジョーダンは、子供の頃から高校生までは野球もやっていました。不幸な事件によって亡くなったジョーダンの父親はむしろジョーダンが野球選手になることを望んでいたそうで、ジョーダンは亡き父親の夢を実現するために、スーパースターの座を捨てて、1マイナーリーガーとして野球に挑戦したのです。

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ジョーダンは、結局メジャーリーグに昇格することはできず、バスケットボールに復帰して、新たな伝説を築き上げます。成功したとは言えないにしても、頂点を極めた後も異なる分野へ挑戦したジョーダンの姿は多くの人の心を打ちました。

米国ではあるスポーツの有名選手が学生時代は他のスポーツでも活躍していた例は、ジョーダンの他にも数多くあります。

最近でもっとも有名な例はNFLアリゾナ・カージナルスの若きQBであるカイラー・マレーでしょう。マレーは大学時代までアメフトと野球の両方で活躍し、2018年にはMLB オークランド・アスレチックスからドラフト全体9位指名を受けました。

そして、翌2019年にはNFLドラフト全体1位でカージナルスから指名され、史上初めてMLBとNFLのドラフトで1巡目指名を受けた選手になりました。アメフトを選んだマレーは1年目から正QBとして大活躍を見せ、NFL新人王の有力候補にもなりました。

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他にも、NBAのレブロン・ジェームズは、バスケットボールの他にアメフトを、MLBのマイク・トラウトは野球の他にバスケットボールを、とそれぞれ別のスポーツでも活躍していました。米国のスポーツ界においては、スーパースターと呼ばれる人たちで高校時代に複数のスポーツをしていなかった例を探す方がむしろ難しいとも言えるでしょう。

複数スポーツのメリット

複数のスポーツを経験することで、子供たちはある特定のスポーツに偏ることなく、広範かつ基礎的な運動能力を高め、燃え尽き症候群や特定個所の使い過ぎによる怪我のリスクを低めることができます。

高校卒業後、大学スポーツやプロに進むような選手も、専門とするスポーツの能力を伸ばすことにむしろ役立つと言われています。

そのため、普通の高校生たちも複数のスポーツをした方がよいというのが一般的な常識です。私の息子が高校に入学したときの説明会では、なるべく多くの異なったスポーツ部に入ることを「強く推奨」されました。どの部のコーチも、生徒たちがオフシーズンに別のスポーツをすることを奨励する、あるいは反対しないことが建前になっています。

複数スポーツをやりたくでもできないわけ

しかし、実際には、複数スポーツで活躍する高校生の数はそれほど多いわけではありません。生徒たちにはオフシーズンに別のスポーツ部に入るか、あるいは自分がメインとするスポーツ部のオフシーズン練習に参加するかの選択肢があります。

私が指導する野球チームの場合、秋にアメフトをやっていた生徒が何人かいるぐらいで、ほとんどの生徒が1年を通して野球しかやっていません。

制度上は、複数スポーツをすることが可能であっても、どの部に入るにしてもトライアウトがあります。そして学年が進むにつれて、レギュラー入りができない生徒たちは辞めていきます。高校レベルになると、複数のスポーツで活躍できるのは運動能力が抜きんでて高い一部の(将来プロになるような)生徒たちに限られてくるのが実情です。

参照記事:「補欠はいない。全員が試合に。一方で希望の部に入れない生徒も。部活トライアウトの功罪-日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動その2」

さらに言えば、シーズンは秋、冬、春の3つしかありませんので、いくつかのスポーツが同じシーズンに行われます。例えば、春のシーズンには野球と陸上競技があって、どれだけ足が速い生徒でもその2つを掛け持ちすることはできないのです。バスケットボールとサッカーの両方が得意でも、冬のシーズンでどちらかを選ばないといけません。

参照記事:「春のシーズンが全面中止に決定。明暗を分けたシーズン制スポーツ-日本人コーチが紹介する米国のスポーツ部活動その4」

弊害が分かっていても進む低年齢化と専門化

米国のスポーツ論、あるいは教育論で、Early Sport Specialization (ESS)という言葉がよく使われます。一般的には、中学生以下の子供が1つのスポーツだけを行い、他のスポーツや自由な遊びをしなくなっている現象のことを指します*¹。

米国では中学校までは部活動というものがあまりありません。それなのに、前述しましたように、高校で部活をするにはトライアウトがあります。従って、高校で好きなスポーツをしたければ、子供の頃から民間のクラブや教室でスポーツを学んでおかないといけないのです。

野球を例にしますと、一般によく知られているリトルリーグは別名レクリエーション・リーグと呼ばれ、年に数か月しかシーズンがありませんし、ほとんどのコーチはお父さんボランティアです。それとは別にトラベル・リーグと呼ばれるものがあって、こちらは1年中試合をやっていますし、専門のコーチやスタッフが指導しています。

トラベル・リーグは、リトルリーグよりレベルが高く、勿論費用も高いのですが、高校で野球部に入ってくる殆どの生徒たちがトラベル・リーグの出身です。子供の頃からバッティングやピッチングの個人指導を受けることも珍しくありません。

こうして野球漬けの子供時代を過ごし、それでも高校のトライアウトに受からない生徒も出てきます。それでは高校からは野球以外のスポーツをやろうとしても、バスケットボールでもアメフトでも、同じように子供の頃からそのスポーツを集中してやってきた生徒にはかないません。結局、高校でどのスポーツもできないなんてことも実際にあります。

こうしたスポーツの低年齢化と専門化はよくないことだと皆が分かってはいるはずなのですが、親からすると我が子だけには好きなスポーツができないようなつらい思いをさせたくないのは自然です。そのため、小さな子供たちを対象にしたスポーツ教室のようなものが、どんどん増えてきています。

子供たちが自由な遊びの中で色々なスポーツを試し、誰もが高校で複数のスポーツを経験できたら、とは思うのですが、もはやそれは古き良き時代の思い出になってしまっているような気がします。

参考文献:*1. LaPrade RF, Agel J, Baker, et al: AOOSM early sport specialization consensus statement. Orthop J Sports Med 2016; 4:2325967116644241.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27169132/

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